第3章

彼女はもうすぐキャンパスを離れ、良い会社に入って社会人になるところだった。

これからの生活は一変するだろう。未来はどう展開していくのだろうか?

考えるだけでわくわくして震えてしまう。

そして一番大切なこと、卒業後の浅尾武治との婚約も日程に上がってくるはずだ。おそらく年末の家族会食の時に、両家で真剣に話し合われることになるだろう。

その時には、もう知らんぷりはできない。はっきりとした態度を示さなければならない。

そう思うと、自分の心臓がドキドキと鳴る音が聞こえるような気がした。

頬に紅潮が忍び寄り、浅尾武治はどう思っているのだろう?

彼も自分との生活を期待しているのだろうか?

数え切れないほどの疑問が彼女の頭の中を埋め尽くし、気づかないうちに近づいてきたメルセデス・ベンツにも気づかなかった。

「このまま前を見ないと、木にぶつかるぞ」

低い男性の声が響き、細川明美を一瞬で空想から現実に引き戻した。

目の前に迫る木を見て、細川明美はヒヤリとした。

ありがとうと言おうとしたが、浅尾尚樹の無表情なイケメンの顔を見た途端、細川明美の言葉は喉に詰まった。

十数分前まで喧嘩していたのに、今すぐ仲直りするのは少し...

自分の意地を示すために、細川明美は聞こえないふりをして、胸を張って前に進んだ。

「このまま歩いて帰るつもりか、それはさすがに大変だな」

足を止め、これ以上聞こえないふりを続けるのは無理だった。

細川明美は寒風の中で凍えた赤い手を取り出し、震える指でタクシーアプリを開いた。

「私、自分でタクシー呼びます」

しかし、画面上でぐるぐる回り続ける待機ページを見て、細川明美は黙り込んだ。

辺りはどんどん暗くなり、この長い道のりを歩いて帰って何か事故に遭ったらどうしよう?

迷っている間に、男性は助手席のドアを開けた。

車内の暖かい空気が細川明美の薄い服に触れ、寒暖の差で思わず身震いした。

「明日風邪をひきたくなければ、乗った方がいい」

細川明美はほんの少し躊躇った後、素早く車に乗り込んだ。

得するチャンスを逃すのは馬鹿げている。それに、もう浅尾家からはかなり離れているし。

浅尾武治もきっとこの二人のやり取りは見ていないだろう。

シートヒーターが入り、細川明美は心地よく姿勢を調整した。

浅尾尚樹は彼女が乗り込んでから一言も発せず、前方の道路に集中していた。

凍えた手足がようやく温まってきて、彼女は突然浅尾尚樹の方を向いた。

「私たちの学校の場所、知ってるの?」

彼は答えなかったが、慣れた様子がすでに答えを示していた。

細川明美は最初、どうして知っているのか尋ねようと思ったが、彼が答えたくないだろうと思い、話題を変えた。

「あの、今日家であなたに対して悪かったわ。わざとケンカしようとしたわけじゃなくて」

浅尾尚樹はハンドルを鋭く切り、落ち着いた声で言った。

「知ってる」

細川明美は眉をひそめた。

「え?」

浅尾尚樹は窓外の急ぎ足の通行人に視線を落とした。

「浅尾武治のために僕と喧嘩するのは当然だろう?結局、お前の行動はすべて彼の考えに沿ってるんだから」

浅尾尚樹の口調はとても平坦で、感情の起伏は全く感じられなかった。

しかし細川明美には、彼が意図的に彼女に主体性がなく、浅尾武治の言うことしか聞かないと嘲っていることがわかった。

彼女の顔はすぐに赤くなった。最初は彼がなぜ親切に車で送ってくれるのか不思議に思っていたのに。

結局は追いかけてきて嘲笑うためだったのか。細川明美はシートベルトをきつく握りしめた。

「止めて!」

思わず浅尾尚樹に向かって叫んだ。

声は大きくなかったが、少女特有の声質で、怒りは甘えているように聞こえた。

男性の手が一瞬止まった。

細川明美の錯覚かもしれないが、彼の口角が上がったような気がした。

嘲笑われていると感じた細川明美はさらに怒った。

「止めてって言ったの!」

しかし彼女はドアに手をかけるほど愚かではなかった。高速道路で走行中に、そんな行動は危険すぎる。

浅尾尚樹はようやく彼女を見た。

「彼の前でもそんなに威張ってるのか?」

細川明美は怒りで言葉が出なくなった。彼は明らかに自分をからかっているのだ!

しかも彼女は何もできない。

歯が痛くなるほど怒り。

「あなたには関係ないでしょ!私の失敗を笑いに来たなら、路肩に降ろして!自分で帰るから!」

少女の怒った顔が浅尾尚樹の目に映り、彼はふと頬をつまみたいという衝動に駆られた。

その考えに自分でも驚き、すぐに頭を振って自分に言い聞かせた。

細川明美は将来の義妹になるのだ。

なぜか、先ほど浅尾武治と並んで立っていた光景を思い出し、浅尾尚樹は胸が詰まる思いがした。

「そうじゃない。ただ忠告したいだけだ。価値のない人のために自分を犠牲にするな」

細川明美はさらに怒った。彼は自分にとって何者なのか。

何の権利があって自分を叱るのか。彼女は冷ややかに鼻を鳴らした。

「あなた、私たちのこと何も知らないでしょ?二人の間に過去の確執があるのは知ってるけど、だからって彼が私に優しくないわけじゃないわ!」

浅尾尚樹はうなずいた。

「毎回叱られる時にお前を盾にする奴、学校に戻るのに車で送らない奴が、どこがお前に優しいのか、僕には分からないな」

細川明美の目は赤くなった。

浅尾尚樹は見た目は冷たく距離を置いているように見えるのに、なんて言葉が鋭いのだろう。一言一言が彼女の心を刺すナイフのようだった!

実際、細川明美も心の奥では分かっていた。本当に好きな人なら、彼女につらい思いをさせたくないはずだ。

でも彼女に何ができるだろう?

浅尾武治のような性格で、彼女を特別扱いしてくれるだけでもありがたいことだ。

彼女はそれ以上何を求められるだろうか?

「あなた、私とほとんど話したこともないのに...」

細川明美はコートを抱きながら小さくつぶやいた。

浅尾尚樹の体が硬直した。ほとんど話したことがないだって?

では、彼らの過去の思い出は何だったのだろう?

彼が細川明美に何か言おうとして顔を向けると、彼女は助手席に横たわり、均一な呼吸で目を閉じていた。

ダウンジャケットを体に掛け、呼吸に合わせて上下していた。

車のライトはまだ消えておらず、柔らかな光が彼女の顔に落ちていた。

まるで静かな時の流れのような感覚だった。

浅尾尚樹が一瞬気を取られると、後ろの車がクラクションを鳴らして急かした。

彼はようやく感情から抜け出し、複雑な目で細川明美を最後に見た。

呼吸さえも抑制を漂わせていた。

まあいい、彼女が幸せなら、それで満足だ。

ただ願うのは、彼と血縁関係のあるあのクソ野郎が、彼女を大切にしてくれることだけだ。

ある言葉は、この生涯で口にできない。

心に秘めておくのも悪くない。

一週間後、細川明美は夜の授業が終わり、警察から電話を受けた。

婚約者の浅尾武治がバーで女性のために酒瓶で他人を殴ったという。

現場は混乱を極めていた。

寮の門限まであと1時間、細川明美はコートを着て飛び出そうとした。

ルームメイトが細川明美の急いで出ようとする姿を見て、手首を掴んだ。

「こんな夜遅くどこに行くの?また一晩中帰ってこないつもり?もう何度も寮の管理部から警告されてるのに!」

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