第4章
「そうだね。」
浅尾武治が外でトラブルを起こすたびに、細川明美が後始末をしていた。夜遅く帰ったり、帰らなかったりするのはもう日常茶飯事だった。
そのせいで彼女は寮母さんの目の敵にされていた。
違反記録の付いた帳面は積み重なると彼女の身長に迫るほどになっていた。
しかし、浅尾武治はこれらのことを知らなかった。あるいは、
彼は気にしていなかった。
警察署は静まり返っていて、雨に濡れた細川明美を数人の当直警官が興味深そうに見ていた。
「彼の妹さんだよね?こんな若いのに、お兄さんもよく大雨の中来させたもんだね」
細川明美は署名する手を一瞬止め、自分の全身が雨でびしょ濡れになっていることに初めて気づいた。
冷たい風が吹き抜け、思わずくしゃみが出た。
でも心の中では警察官が言った「妹」という言葉が引っかかっていた。
年齢的には、警察官は間違っていない。
でも彼女は単なる妹という関係ではなかった。
あの年、浅尾武治のお父さんが商談に出かけた時、百年に一度の土砂崩れに遭遇した。
命の危機に瀕した時、
たまたま車で通りかかった細川お父さんが命がけで彼を死の淵から救い出した。命拾いした浅尾お父さんは当然、細川家に感謝の気持ちでいっぱいだった。
五回目の謝礼を細川お父さんが厳しく断った後、浅尾お父さんは一歩引いて、幼児婚の申し出をした。
今度は細川お父さんは断らなかった。
大人になってからは両家の大人たちは暗黙の了解でこの話題に触れなくなったけれど、
周りの人たちはまるで二人が結婚することが決まっているかのように、時々二人の関わりをからかった。
子供の頃は分別がなく、細川明美はからかわれても気にせず、「お兄さん、お兄さん」と浅尾武治の後をついて回っていた。
しかし高校で恋心が芽生える年頃になって、彼女は自分の浅尾武治に対する秘めた感情に遅ればせながら気づいた。
皮肉なことに浅尾武治は一度もこの「妹」に特別な関心を示したことがなかった。彼女を可愛がってはいたが、その優しさは多すぎず少なすぎず、決して境界線を越えることはなかった。
警官から渡された温かい水を受け取り、細川明美は急いで浅尾武治の状況を尋ねた。
「彼、大丈夫ですか...怪我はしてませんか?」
警察官は口をとがらせ、隣の部屋を指さした。
「自分で見てきなさい。この若造は手加減知らずだよ。本人は何ともないけど、相手は酒瓶で殴られて病院送りだ。まだ目も覚めてないんだ」
彼が無事と聞いて細川明美はようやく安堵のため息をついた。彼が大丈夫なら良かった。
結局、浅尾家は資産家だし、示談金を払って事態を収めるのは問題ないだろう。
部屋に駆け込んだ細川明美が最初に目にしたのは、険しい表情の浅尾武治ではなかった。
彼の胸に泣きついている女性だった。
ぴったりしたミニスカートが美しい体のラインを強調していた。それは細川明美が決して試す勇気のない大胆な装いだった。
顔には美しいメイクが施され、照明の下でまるで精巧な人形のように見えた。
こんな美女が男性の胸で泣いていたら、誰だって心を動かされるだろう。
だからこそ浅尾武治は自分の顔の傷の手当てもせずに彼女をなだめていたのだろう。
「ほら、俺は無事だろ?何を怖がってるんだ?」
女の子は涙をぬぐって、甘えるように言った。
「心配したのよ!あなたってこんなに衝動的で、あっちは人数多いのに。もしあなたに何かあったらどうするの?」
ほんの数秒の親密なやり取りを見て、細川明美は胸が痛くなった。部屋の人たちに自分の存在を知らせる言葉が見つからなかった。
温かい場面を壊したくないというより、自分が余計者だと感じたからだ。
彼女はぼんやりとドアの前に立ち、髪から雨水が滴り落ちるままにしていた。
幸い浅尾武治が彼女の姿に気づき、すぐに立ち上がって彼女の方へ歩いてきた。
「来てくれたのか。なんで傘も持ってこなかったんだ?風邪ひいたらどうするんだ?」
一瞬、責める言葉が喉につかえて出てこなかった。
こんな特別な気遣い、こんな心配、どうして彼女だけのものにはできないのだろう?
喉が詰まり、目も痛くなってきた。
雨に濡れて風邪気味なのか、それとも心の痛みなのか、わからなかった。
「この子、誰?友達?」
二人が見つめ合っていた数秒後、白く柔らかい手が浅尾武治の首に回された。
その女性は笑いながら細川明美を上から下まで眺め、声のトーンは穏やかだったが、目には隠しきれない敵意があった。
「彼女が前に言ってた幼馴染の妹、細川明美だよ」
「明美ちゃん、こっちは俺の...彼女の林田美咲。この前会った時にこの事話そうと思ったんだけど、機会がなくて...」
彼女。
二人の関係についてすでに予想はしていたものの、浅尾武治の口から直接聞くと、細川明美の心はまた一つ痛んだ。
同時に全ての疑問が解けた。浅尾武治が留学を嫌がった理由も、彼女を放っておけなかったからだ。
突然、浅尾武治のために嘘をついて浅尾お父さんを騙し、叱られていた自分が道化のように滑稽に思えた。
林田美咲は大げさに驚いたふりをして、熱心に細川明美の手を取った。
「あなたが彼がいつも言ってる妹さんね!本当に綺麗な子ね。実は前からずっと会いたかったのよ!」
彼女の言葉は美しかったが、手を握る力は強すぎた。
細川明美は手首に鋭い痛みを感じた。
彼女の雪のように白い肌はすぐに大きく赤くなった。
「もう遅いし、早く帰りましょ!ホテルのフロントからさっき電話あったわ。今日はホテルの部屋が人気なんですって」
林田美咲は再び浅尾武治の腕を抱き、くすくす笑いながら言った。
ホテル?どういうホテル?
細川明美は全身の血が凍るような気がした。
浅尾武治に聞きたかった。今夜、彼女とホテルに行くの?
でも聞けなかった。彼女にはそんなことを聞く資格がどこにあるのだろう?
単なる妹が、そこまで口を出すのは行き過ぎだ。
浅尾武治は細川明美を見ることもなく、甘やかすように林田美咲の鼻をつまんだ。
「わかった、すぐ行こう」
「明美ちゃん、どうやって帰るの?」
細川明美は服の端をきつく握りしめた。どうやって帰るか?
もう寮の消灯時間はとっくに過ぎている。きっと今頃、一晩中帰らなかった大きな違反を記録されているだろう。
今から帰っても寮母さんはドアを開けてくれず、外で一晩過ごすしかない。
しかし口から出た言葉は違った。
「タクシーで帰ります。大丈夫です」
浅尾武治がもう少し何か言おうとしたとき、林田美咲はすでに焦れて彼を外に引っ張り始めていた。
「もういいじゃない!こんな大人が心配いる?今夜は私と過ごすって約束したでしょ?早く行こ!」
彼女に負けて、浅尾武治は細川明美にうなずいた。
「じゃあ早く帰れよ。外に長居するなよ。俺は先に行くな」
彼の後ろ姿が闇に消えていくのを見ながら、細川明美は袖の中に隠していた手を下ろした。
その手には、爪が深く食い込んだ跡がついていた。
浅尾武治と長年付き合ってきた細川明美は、彼の骨の髄まで刺激を求める人間だということをよく理解していた。
外の人の前でどれだけおとなしく振る舞っても、彼の狂気じみた本質は隠せなかった。
法律の境界線を越えない限り、自分を傷つけない限り、どんな無謀なことでもやりかねなかった。
皮肉なことに、彼の周りに女性がいないということだけがかろうじて見つけられた長所だったが、今やそれも跡形もなく消えてしまった。
以前、細川明美は自分が彼の心の中で特別な存在だと思っていた。






















































