第4章:リース
俺はパックの屋敷の外に立ち、グレースを待っていた。会ったばかりだというのに、彼女がもう視界から消えてしまったことが気に入らなかった。疲れを感じ、手で顔をこする。これまで無力感などほとんど味わったことがない。伊達に「アルファ・キング」の座に就いているわけではないのだ。先手を打つこと、そして厳格な統率力には定評がある。だが、あの少女があんな連中と、あのような環境下で暮らしていたという事実に、胸が締めつけられる思いだった。自分の統治下で、過去六年間もこんなことが起きていたのに、なぜ気づけなかったのか? その事実は、俺に全てを疑わせるに十分だった。
ベータのレオンは、万事を知り尽くすなど不可能だと諭してくれた。だが、今日の出来事には何かが引っかかる。特にこのパックに関しては、全てを疑ってかからねばならない。目に見えている以上の何かが、ここでは起きている。何が隠されているのか、徹底的に掘り下げるつもりだ。同盟など、もはや情報を引き出すための策略に過ぎない。
もちろん、ここしばらくはパックからパックへと旅を続けてきた。表向きには、自分の統治下にある領土の状況を視察したいと言っており、それは嘘ではない……。だが、裏の目的もあった。俺はまだ「運命の番(つがい)」に出会えていない。だから、それとなく彼女を探してもいたのだ。王国にはルナが必要だ。自分で選んだ相手を番にしようと何度か試みたこともある。だが、しっくりきた試しがない。彼女たちが求めていたのは俺自身ではなく、いつだって「王の番」という肩書きだったからだ。
旅を通じて民について多くのことを学んだが、これほど明白に間違っている事態は初めてだ。十四歳の少女が継母を殺しただと? そう考えただけで胸が痛む。あの少女は、人殺しどころか、スプーンさえまともに持てなさそうなほど弱々しく見えた。だが、彼女にはどこか心を惹きつけるものがあった。俺は番を渇望している。彼女への反応は、大半が俺の孤独ゆえのものだと分かっていたが、少しはこの感情に身を任せてもいいだろう。彼女の存在は、戦争以外の何かに集中させてくれる。そして彼女を連れて行けると思えば、腹の底で煮えくり返る怒りも少しは鎮まるというものだ。
屋敷の中から怒鳴り声が聞こえ、俺は顔を上げた。ルナ・キンズリーがグレースに向けて金切り声を上げているのが分かった。俺と共に帰ることになる、あの口のきけない少女だ。まったく、俺はこんな所で何をしているんだ?
正面の扉が開く。ルナ・キンズリーがグレースの腕をきつく掴んでいるのを目にした瞬間、くすぶっていた怒りが沸点に達した。五分前に見たときは首元で緩く束ねられていたグレースのブロンドの髪が、今は四方八方に跳ねている。青白い顔はさらに血の気を失っているように見えたが、その表情からは感情が一切読み取れない。
アルファ・エイドリアンは屋敷の階段の上に立っていたが、ルナ・キンズリーやグレースと共にこちらへ来ようとはしなかった。だが、彼の視線がグレースから片時も離れないことに俺は気づいた。その視線は、彼女の体をねめ回すようだった。俺は喉の奥から込み上げる唸り声を押し殺し、努めて冷徹な表情を崩さないようにした。俺の中の狼が、頭の奥で狂ったように暴れている。一刻も早く、彼女をここから連れ出さなければ。
「アルファ・リース」ルナ・キンズリーは笑顔を浮かべ、グレースを俺の方へ連れてきた。「彼女をここに置いておくことは、私どもにとって全く苦ではありませんのよ。あなた様にご迷惑をおかけするわけにはまいりませんわ」彼女は媚びるように瞬きをしてみせた。誘惑しているつもりなのだろうが、吐き気を催すだけだった。
「決して迷惑などではない」俺は努めて冷静に断言した。
「荷物はそれだけか?」俺は眉をひそめ、意識をグレースに向けた。俺の中の狼は、依然として不安げに頭の奥でうろつき回っている。
彼女が持っていたのは、たった一つのバッグだけだった。まるで百年もの歳月と戦火をくぐり抜けてきたかのように古びている。取っ手は今にもちぎれそうで、大きめのハンドバッグ程度のサイズしかないその鞄は、中身もほとんど空っぽのようだった。
グレースは頷いた。それが彼女から得た初めての直接的な反応で、俺の心臓は妙に高鳴った。
「よし」俺は彼女に手を差し伸べて言った。「行こう」
グレースは再び頷き、俺の手に手を伸ばした。俺の手の中にある彼女の手はあまりにも小さく、胸が悪くなるほどだった。だが、彼女は俺を見上げる代わりに、まだ彼女のもう片方の腕を掴んでいるルナ・キンズリーを振り返った。
「何か問題でも? ルナ」俺は冷ややかに尋ね、この状況全体に対する不快感をようやく露わにした。
「とんでもないわ」ルナ・キンズリーはグレースの手を離しながら泣き出した。「ただ、あの子は私のたった一人の妹ですから……。確かに過ちも犯しましたけど、手放すのが悲しくてたまらないんです」
グレースはその言葉に嫌悪感を露わにしたが、何も言わなかった。俺は二十分前に彼女が流していた涙の記憶を振り払おうとした。
「その惜別の情は、彼女も同じだろう」俺はそう嘘をつき、グレースを車へと促した。
俺は彼女に続いて乗り込み、ドアを乱暴に閉めた。一秒たりとも長くここに居たくなかったのだ。
グレースは後部座席の奥へと這って移動し、体を丸めて小さくなった。
俺はしばらくの間、ベータのレオンとパックの仕事について話し始めた。質問しようとグレースの方を振り返ると、彼女は恐怖で目を見開き、頭のてっぺんからつま先まで震えていた。
俺の心臓は早鐘を打ち、彼女を引き寄せて膝の上に乗せた。もつれた茶色の髪に指を通す。彼女の心拍数は一気に跳ね上がり、俺は判断を誤ったかと思ったが、やがてその鼓動は落ち着き始めた。抱きしめるという選択をして正解だったと安堵する。
彼女は俺を見上げた。その黒い瞳は、俺が何をしているのかと問いかけているようだ。俺は安心させようと、わずかに微笑んでみせた。俺自身の鼓動も速くなり、無意識に彼女をさらに強く引き寄せていた。俺の中の狼は何も言わず、ただ救い出したその少女を見つめていた。女を連れ帰ることを彼が自ら進んで受け入れたのは、これが初めてだった。視線が彼女の唇に落ちる。どんな味がするのだろう。噂通りの淡白な味なのか、それとも秘められた甘さがあるのか。
再び視線を落とし、ボロボロになった使用人のドレスをしかめ面で眺める。衝動に駆られる前に、その光景が俺を我に返らせた。彼女はアルファの私生児かもしれないが、それでもアルファの娘であることに変わりはない。もっとまともな扱いを受けるべきだったのだ。普通の服を着たらどう見えるだろうか。その考えが浮かぶと、俺は脳裏に浮かぶイメージを必死に振り払わなければならなかった。膝の上で怯えている少女ではなく、想像を絶するほど美しく成長した未来の彼女の姿を。彼女こそが、俺の未来なのかもしれない……。
「レオン、彼女には新しい服が必要だ」
バックミラー越しにレオンと目が合う。彼が激しく躊躇しているのが肌で感じ取れた。
「承知いたしました。ですが、サイズは?」
俺は眉をひそめた。そんなこと知るわけがないだろう? 女の服など買ったこともない。俺は目安をつけようと、彼女の腰に手を回した。彼女が俺の感触にびくりと震える。彼女は骨と皮ばかりで、そう思うと胸が締め付けられた。腕の中で彼女が緊張するのがわかる。俺は何気ない動作で手を彼女の体に回し直し、この突然判明した事実に反応して表に出ようとする狼を、必死に抑え込んだ。
