第4章 初めての対峙

来たのは、まぎれもなく権田真鳥だった。

あの圧倒的な気配――遠目にも人を竦ませ、場にいる誰もが霞む。生まれつき、強者の器。

その傍らには青木啓、そして側近の寺内七造。けれど、誰が主で誰が従かなど、見れば一目瞭然だった。

権田真鳥の視線が流れ、神野若芽とぶつかる。

その瞬間、若芽の胸がどくんと跳ねた。

慌てて目を逸らす。

――なんなの。どうして、あいつを見るとこんな反応になる。

権田真鳥もまた、真っ先に若芽を捉えていた。白い肌。細い腰。長い脚。短いデニムの裾から覗く脚は、驚くほど白く、まっすぐだった。

権田真鳥は無意識に喉を鳴らす。

青木啓がその視線を追い、若芽を見つけると、思わず口笛でも吹きたげな顔になる。

「権田、いい趣味してんじゃん。まだ若いけど、将来ぜったいヤバい。もう神医探す必要ねえんじゃねえの……」

隣でぺらぺらと好き勝手言う青木啓に、権田真鳥の視線が刃のように刺さった。

青木啓は即座に口元で、チャックを閉める仕草をする。

ほどなくして、オークションが始まる。

吉川英が若芽の腕を引き、前方の席へ座らせた。

権田真鳥は、若芽の少し後ろ――そう遠くない位置に腰を下ろす。

若芽は落ち着かない。背後から見張られているような感覚が、ずっと消えなかった。

やがて開幕。

皆の視線が壇上の品へ吸い寄せられる。

「こちらは中国古代の名筆、王羲之の真筆です。極めて希少。開始価格は40億」

司会の言葉が終わるや否や、競り声が飛ぶ。

「42億!」

「44億!」

「60億!」

集まっているのは、金と権力を持つ者ばかりだ。

司会が興奮気味に煽る。

「60億以上はいらっしゃいますか!」

「100億」

不意に、揺るがない声が響いた。

会場がどっと沸く。――誰だ、そんな大盤振る舞いは。

「100億、1回……」

「100億、2回……」

「100億、3回……落札! おめでとうございます、青木殿」

青木啓が司会へ軽く頷く。これで、祖父から課された『宿題』は果たした。

青木の祖父は書を嗜み、王羲之を殊更に好んでいる。真筆となれば、譲る気など最初からなかった。

mk側も、まさかここまで跳ね上がるとは想定していなかっただろう。

続いて宋代、元代の文物がいくつか出る。

だが神野若芽は、ほとんど興味を示さない。

今夜の出品は全8点。

若芽の狙いは最後――大トリの古玉。ただそれだけだった。

「若芽さん、これ……厳しいかもしれません。権田真鳥がさっきから動いてない。まさか、古玉狙いじゃ……」

吉川英が不安げに囁く。

「大丈夫」若芽は淡々と言う。

「競りは競り。相手が降りるまで上げるだけ」

その口ぶりは、まるで白菜でも買うみたいに軽い。

――上億の宝だぞ。

吉川英の口元がひくりと引きつった。とはいえ、若芽にはそれができる。彼はそれを知っている。

そして、ついに大トリ。

防犯ガラスのケースに収められた古玉が、台へ運ばれる。ライトを浴び、異様な光を放つ。流光が走り、彫工は精緻で、目を奪う美しさ。

若芽は一目で吸い込まれた。

――綺麗。

周囲からも感嘆が漏れる。

「権田、見たか? 噂の古玉だよ。ヤバくね?」

青木啓が興奮する。もっとも、彼はもう目的を果たしている。これは高嶺の花だ。

権田真鳥は鼻で笑い、瞳に鋭い光を走らせた。

確かに悪くない。祖父も喜ぶだろう。

「ほら、あの子。目が離れてねえ。狙ってるな。でも無謀だろ。権田家の財力に勝てるわけねえ」

青木啓が面白がって言う。

「見た目で決めるな。口を閉じろ」

権田真鳥は逆に警戒していた。あの黒白のはっきりした瞳は底が見えない。妙な『読めなさ』がある。こんな感覚は初めてだった。

青木啓は権田真鳥をちらりと見て、素直に黙る。こいつの目は、当たる。

司会が宣言する。

「……それでは古玉、開始価格は160億。どうぞ」

吉川英が目を見開く。心臓がもたない。

だが若芽は平然としていた。

「180億!」

「200億!」

「210億!」

若芽はまだ動かない。静観。

「若芽さん、行きます?」

吉川英の声が熱を帯びる。

若芽は頷き、指を二本立てた。

「400億!」

吉川英が札を上げると、会場がざわめき、さっきまで競っていた連中が次々と降りた。

青木啓が吉川英を見て鼻で笑う。

――身の程知らず。

「権田、あの子、喧嘩売ってるぞ。色つけてやれよ」

青木啓は完全に観客だ。

権田真鳥は若芽を一瞥し、薄い唇を結ぶ。

――天高くも知らない娘か。

寺内七造が札を上げた。

「600億」

一気に跳ね上がる。

青木啓が目を丸くする。

吉川英も「600億」の数字に、身体が固まった。

だが若芽は淡く言う。

「続けて」

吉川英は息を呑み、札を上げる。

「700億!」

競りは完全に二者だけ。司会の声も高揚し、弾む。

権田真鳥が指を一本立てた。

「1000億……!」

会場がどよめき、息を呑む。

しかし若芽は眉ひとつ動かさず、言い切った。

「続けて。200億上乗せ」

吉川英の血が騒ぐ。若芽の稼ぎ方は、印刷機みたいなものだと知っている。

札を上げる。

「1200億!」

名士だの財界人だのが揃っていても、これは別格だった。

――古玉一つに、ここまで?

青木啓が呆然と呟く。

「権田、あの子……頭おかしいんじゃねえの?」

権田真鳥は目を細める。予想外だ。

――こいつ、何者だ。

司会の声が震える。

「1200億、1回目……」

「1200億、2回目……」

「権田、どうする。追う?」

青木啓が悔しげに言う。

権田真鳥は無表情のまま、氷の声で言った。

「降りる」

青木啓は肩をすくめる。

「だよな。古玉一つに1200億とか、正気じゃねえ。1200億あったら他にいくらでも――」

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