第2章

 誘拐された。

 目が覚めると、足首に金の鎖が巻かれていた。

 鎖のもう片方は、ベッドの脚に繋がれている。

 龍崎圭はソファに座り、優雅な手つきで林檎の皮を剥いていた。

 途切れることなく伸びていく林檎の皮は、まるで今宙ぶらりんになっている私の命のようだ。

 彼が剥きたいのは林檎ではなく、私の骨かもしれない。

「若様、龍崎さん、圭くん……」

 私は呼び方を変えながら彼に呼びかけた。

「今は法治国家ですよ。不法監禁は犯罪です。私たち、裏社会の人間とはいえ、最低限の法律は守るべきでしょう?」

 龍崎圭が瞼を上げる。その美しい桃花眼は、充血して真っ赤だった。

「法だと? ここでは、俺がルールだ」

 まあ、話が通じないことくらい分かっていた。

「じゃあ……長年の情けに免じて、若様、見逃してくれませんか?」

 彼は眉を片方吊り上げた。

「俺たちに情なんてあったか?」

 情などないことは分かっていたが、こうもはっきり言われると、さすがに少し傷つく。

 龍崎圭は重度の皮膚飢餓症と躁鬱を患っており、彼の側に近寄れる人間は極めて少なかった。

 私は彼の母親が、彼のためにあてがった精神安定剤代わりの玩具だった。

 爪切りから、女除け、人間抱き枕、そして性の処理係まで、私は六年間、勤勉に彼に仕えてきた。

 六年もあれば、彼の実家の飼い犬だって私に懐いたというのに。

「あはは、若様の仰る通りです。冗談ですよ」

 私は乾いた笑い声を上げた。

 カチャリ。

 龍崎圭の手の中で、林檎が二つに切り分けられた。

 私は恐る恐る尋ねる。

「あの、死に方は自分で選べますか?」

 彼はナイフを放り投げ、私に覆いかぶさってきた。両手を私の体の両脇につき、ベッドヘッドとの間に私を閉じ込める。

「言ってみろ。どうやって死にたい?」

「札束で叩かれて死ぬ、というのはどうでしょう?」

 彼の顔から笑みが消えた。両手が私の首にかかり、その瞳が赤く燃え上がる。

「俺は毎日、巨額の金を払って捜索隊を雇い、お前の死体や遺品を探させていたんだぞ」

「それなのにお前は? ニューヨークでパーティー、ロンドンでショーを観劇、パリで鳩に餌やりだと!」

「本当に絞め殺してやりたい!」

 彼の手の力が強まり、呼吸が苦しくなる。

 私は必死に仰け反り、彼の手を剥がそうともがいた。

 その時、手が彼の手首にある醜い傷跡に触れ、ふと力が抜けた。

 もういいか。

 絞め殺されるなら、それでもいい。

 これに関しては、確かに私が悪いのだから。

「夏目羽美、お前に心はないのか?」

 龍崎圭が歯ぎしりしながら私を睨みつける。

前のチャプター
次のチャプター