第2章

肌に針が刺さっても、もう眉一つ動かさなくなった。

この羅瀬野の家に来て八年目。この白い椅子に座った回数は、もう数えるのをやめていた。

「また採血?」

その聞き慣れた声に、心臓が跳ねた。ドアの方を見ると、真琴が戸口の枠に寄りかかっていた。その深い青色の瞳が、心配そうにこちらを見ている。二十六歳になった彼は、八年前とはまるで別人だった。引き締まった顎のライン、高い身長、筋肉質な体つき、そして……何もかもが完璧だった。

「君の血は特別だから」彼はそう言ってこちらへ歩み寄り、満たされていく血液バッグに視線を落とした。

特別。

私は目を閉じ、思わず笑いそうになった。もちろん、いい意味ではない。そう、RHマイナスの血液。それが、ここでの私の唯一の価値なのだ。

「痛む?」真琴の声が、さっきより近くで聞こえた。

目を開けると、彼は隣の椅子に腰掛けていた。

「慣れてるから」平気を装って答えたけれど、心臓は太鼓のように激しく鳴っていた。

『あなたのためなら、血だけじゃない。すべてを捧げるのに』

もう何度もそう思ったけれど、口に出したことは一度もなかった。この家で、私は父が借金を返すために差し出した「モノ」にすぎず、そして真琴は……私のすべてだった。

「絵里花……」

「うん?」

「ありがとう」

彼は静かにそう言うと立ち上がり、部屋を出て行った。激しく鳴り響く心臓の音だけが、私と共に残された。

三日後、私は十八歳の誕生日を迎えた。

何も期待していなかった。この家で、義雄さん以外に「借金のカタ」の誕生日を覚えている人などいるはずがない。けれど、部屋のドアを開け、テーブルの上に置かれた綺麗な青い箱を見つけた瞬間、世界がぱっと明るくなった気がした。

「誕生日おめでとう、絵里花」

真琴がバルコニーから入ってきた。月明かりを背にした彼は、まるでおとぎ話から抜け出してきたかのようだった。

息をするのも忘れた。

「お、覚えててくれたの?」

「もちろんだ」彼はそばに来てその箱を手に取った。「開けてみて」

震える手で箱を開ける。中には、ハート型の青い石がついた、美しいホワイトゴールドのネックレスが入っていた。光を受けてキラキラと輝いている。

「こんな高価なもの……受け取れないよ――」

「君はこの家で一番大切な人だよ」真琴はそう言って私の後ろに回った。「つけてもいい?」

信じられない気持ちで頷くと、ネックレスをつけてくれる彼の手指が首筋に触れ、電気が走ったような感覚がした。

「完璧だ」と、彼が優しく囁いた。

振り返ると、二人の距離はすぐ近くだった。彼の視線が私の唇に注がれ、心臓が破裂しそうになる。キスされる。八年間の秘めた想いが、ついに報われるんだ。

私はゆっくりと目を閉じた。

けれど、何も起こらなかった。彼の手にそっと頬を撫でられ、それから彼が遠ざかっていく足音が聞こえただけ。

「ゆっくりおやすみ」

目を開けたとき、部屋にはもう私一人だった。馬鹿みたいで、傷ついた気持ちだけが残った。

『全部、私の勘違いだったんだ』

翌朝、屋敷の中が浮き立ったような声で満たされた。

「若様! 美沙様がお戻りになりました!」

庭で花に水をやっていた私は、その名前を聞いて、手に持っていたジョウロを落としそうになった。

ジョウロをその場に放り出し、屋敷の正面へと走った。

黒い車が停まっていて、そのドアが開くと、白いドレスを着た女性が降りてきた。

そして私は、生涯で最も胸が張り裂けるような光景を目の当たりにした。

真琴が彼女に駆け寄り、まるで世界で一番大切な宝物のように美沙を抱きしめた。彼の瞳には、今まで見たことのない光が宿っていた――本物の愛の光が。

「美沙、やっと帰ってきたんだね」彼の声は感極まっていた。

「戻ってくるって約束したでしょ」美沙は優しく彼の頬に触れた。「遅くなってごめんなさい」

私は柱の陰に隠れ、すべてを見ていた。心が粉々に砕けていくのを感じながら。これが、愛。これが、彼が本当に求めていた女性。そして私は、ただ珍しい血液だから役に立つだけの存在。

その夜、私は一人で屋敷の廊下を歩いていた。

「あなたが絵里花さんね?」

振り返ると、そこに美沙がいた。月の光に照らされた黒いシルクのローブが、彼女によく似合っている。

しかし、彼女が私の顔をまじまじと見た瞬間、その顔色から血の気が引いた。まるで幽霊でも見たかのように。

「あな……あなたの顔……」彼女の声は震えていた。

「え?」私は戸惑いながら自分の顔に触れた。

美沙は数秒間私を凝視した後、再び微笑んだ――だがそれは、不気味な笑みだった。

「なんでもないわ、光のせいかしら」彼女はそう言って私に歩み寄る。声は甘いが、瞳は冷たい。「あなた、とても……興味深い顔立ちをしてるのね。真琴があなたに目をかけるのも無理ないわ」

彼女が「目をかける」と言ったその響きには、何か汚れたものが含まれているように感じられた。

「私は、ただ――」

「お嬢ちゃん」美沙は私の言葉を遮り、耳元に顔を寄せた。その声は囁くように柔らかいのに、威圧的だった。「掘り返さない方がいい秘密もあるのよ。分かるかしら?」

そう言って彼女は去っていった。後には、彼女の香水の匂いと、無数の疑問だけが残された。

私は彼女の背中を見送りながら、何か悪いことが起ころうとしている予感に襲われ、その場に立ち尽くした。

なぜ彼女は私を見てあんなに驚いたのだろう? そして、彼女が言っていた秘密とは、一体何なのだろう?

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