第三十六章 回廊の夜

足を踏み出すと、颯真は道を譲らなかった。ただ、ほんの少し身体を横に傾け、ドア枠の半分だけを空けた。温音はその脇を通り過ぎた。二人の間には、肩一つぶんの距離しかなかった。

歩みを止めなかった。急ぎもしなかった。

ドア口に差しかかったとき、颯真が口を開いた。背後から声が届く。あくまでも淡々と。

「芳瀬が、あなたを探している」

温音の足が一瞬止まった。まるまる一秒、止まった。

「このフロアに来ている」颯真は続けた。声音は変わらない。「三分以内に」

温音は振り返らなかった。だが、足は動かなかった。

その言葉を、頭の中でゆっくりと押し込んだ。

もし芳瀬が、温音が颯真の更衣室から出てくると...

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