第1章

午前三時、白川市はまだ眠りの中だった。けれど、私はじっとしていられなかった。

黒崎剣からのメッセージが、三時間も途絶えている。

スマホの画面を見つめる。そこには『任務が長引くかもしれない。先に寝てていい』というメッセージが、私の心配をあざ笑うかのように表示されていた。

四ヶ月前、私は竜吾の薬物取引を偶然目撃してしまった、ただのついてない大学生だった。剣が初めて私の人生に現れた時、彼は冷たい政府の警護官の一人にしか見えなかった。

最初のひと月は、恐怖と新しい環境への順応で目まぐるしかった。でも、次第に私たちの間に何かが変わり始めた。彼に恋をするなんて、ましてや彼も私を想ってくれるなんて、想像もしていなかった。

保護する者から恋人へ。その道のりは険しかった。彼の足手まといになるんじゃないか、証人という私の立場が彼のキャリアを台無しにしてしまうんじゃないか、と毎日不安だった。

そして今夜、その不安が現実のものとなった。

政府の保護施設は不気味なほど静まり返り、エアコンの唸りだけが、時間が刻一刻と過ぎていくのを告げていた。今回の任務は危険だと、彼は言っていた。

スマホのキーボードの上で指がさまよう。メッセージを送りたい、でも送れない。潜入捜査は一切の干渉を許さないと、剣は繰り返し強調していた。それでも……。

「くそっ」

私は勢いよく立ち上がった。

この三ヶ月、彼はどんな任務の後でも必ず定時連絡をくれた。でも、今夜は違った。それが肌で感じられた。蟻が胸を這い回るような不安が、私をここに座らせてはくれなかった。

車の鍵を掴む。剣の低い警告の声が頭に響いた。「星子、何があっても、保護施設から出るな」

ごめん、剣。今回だけは。

私は鍵をひったくるように掴むと保護施設を飛び出した。エンジンをかける手は、まだ震えていた。彼の無事を確かめるだけだ、と道中ずっと自分に言い聞かせた。でも、心の奥底では、自分が本当に何を恐れているのかわかっていた。

東地区の夜は、まるで薬物と絶望が混じり合った匂いがするようで、より濃密に感じられた。廃工場から二ブロック手前に車を停め、徒歩で忍び寄る。

月は雲に隠れ、時折通り過ぎる車のヘッドライトだけが、頼りない光を投げかける。心臓が耳元で轟音を立てていた。一歩一歩が、まるで刃の上を歩いているようだった。

工場の窓から黄色い光が漏れている。打ち捨てられたタイヤの山に身をかがめ、割れたガラス越しに中を覗き込んだ。

そして、私の世界は砕け散った。

光の中に、剣が立っていた。その隣には、息をのむほど美しい金髪の女性。体のラインを強調するタイトな黒いドレスを纏い、彼の耳元で何かを囁いている。

距離が遠すぎて、二人の会話までは聞こえない。

だが、次に目にした光景に、全身の血が凍りついた。

女がすっとつま先立ちになり、剣の首に腕を回して、キスをしたのだ。

そして剣は……彼女を突き放さなかった。

嘘だ、そんなはずない……。

この三ヶ月、剣はこの危険な世界で、私の唯一の拠り所だった。白川市のどこに私を殺したい人間が潜んでいるかわからない状況で、彼の腕の中だけが、私を安心させてくれた。私たちは立場の違いを乗り越えられたんだって、愛は本当にすべてを乗り越えられるんだって、そう思っていたのに……。

でも、違った。私はいつまでも守られるべき証人でしかなくて、彼が本当に必要としていたのは……彼と肩を並べて戦える人だったのだ。

手が震えだす。タイヤの縁を強く握りしめた。二人のキスの光景が、目に焼き付いて離れない。残酷なほど鮮明に。彼女の手が彼のうなじを撫で、彼の腕が彼女の腰を抱くのが……。

まるで、竜吾が別の女を抱いていた時のように。

「そんな顔するなよ、星子。お前、堅すぎるんだって。もう一人呼ぼうか?そうすればお前ももっと楽になれるだろ」

竜吾の気色の悪い声が、得意げな顔と共に頭の中で蘇る。記憶が潮のように押し寄せ、私の理性を溺れさせていく。

雨の夜、竜吾のアパートのドアを押し開けると、彼が見知らぬ女とベッドで絡み合っていた光景を思い出す。彼の恥知らずな得意顔、倒錯した提案をするときの興奮した表情を思い出す。

「私って、そんなに一人の人に愛される価値もないのかな?」

涙で視界が滲む中、私はふらふらと車に戻った。エンジン音が静かな夜にけたたましく響いたが、もうどうでもよかった。

剣の声が頭に響く。「俺にとって、星子はすべてだ」

すべて? あの金髪の女も、その中に含まれているの?

どうやって保護施設まで運転して帰ったのか覚えていない。道中はずっと悪夢のようで、白川のネオンが涙を通してぼやけた光の筋になった。ナックルが白くなるほどハンドルを握りしめ、あの光景が頭の中で何度も何度も再生される。

保護施設のドアが背後でバタンと閉まる。まるで、私たちの関係にドアを閉ざすかのように。

機械的に寝室へ歩き、荷造りを始めた。服の一枚一枚に剣との思い出が詰まっているのに、今では吐き気を催すだけだった。

彼がくれた水色のセーター。

「この色、君に似合う」と彼は言った。「白川の朝の空みたいだ」

私はそれをゴミ箱に投げ捨てた。

テーブルの上には、昨日彼が買ってきた苺が置いてある。私が絵を描くときにいつも鉛筆を噛む癖があるのに気づいて、もっと健康的な習慣をつけさせたい、と言っていた。

全部嘘だったんだ。甘く、巧妙に仕組まれた嘘。

私は証人保護プログラムの緊急ホットラインに電話をかけた。

「もしもし? 美良地星子です。登録番号はWP―2024―0847。新しい保護施設への即時移送を要請します」

「美良地さん? 今は午前四時ですが。何か緊急事態でも?」

「現在の保護体制に問題が生じました」私の声は不気味なほど落ち着いていた。「新しい警護官が必要です。すぐに」

電話の向こうで数秒の沈黙があった。「すぐに車を派遣します。二十分で準備を済ませてください」

二十分。

私はテーブルにメモを残した。一文字一文字が、心に刻まれた傷のようだ。

剣へ もう十分です。あなたの保護は必要ありません。探さないでください。――星子

ペンを置き、かつてはあんなに温かく感じられたこの場所を最後に見渡した。二十分はあっという間に過ぎ、時間通りのエンジン音が夜の静寂を破った。

スーツケースを引きずってドアに向かう。一歩一歩が断頭台へ向かうようだったが、進み続けなければならなかった。

彼にこれ以上私を傷つける機会を与えるわけにはいかない。

車のドアが開いた瞬間、遠くからバイクのエンジン音が聞こえた。その聞き慣れた音に、心臓が止まりそうになった。

剣が帰ってきた。

「早く、乗って!」私は後部座席に飛び込むように乗り込んだ。

警護官は困惑した表情を浮かべたが、すぐに車を発進させた。バックミラー越しに、遠くからヘッドライトが急速に近づいてくるのが見えた。

振り返るな、星子。彼に二度目のチャンスを与えてはいけない。

保護施設から離れるにつれ、ミラーの端に剣の姿が映った。彼はがらんとした私道に立ち、そのシルエットは夜を背景にひどく孤独に見えた。

でも、これは全部彼が選んだことだ。

目を閉じると、こらえていた涙がついにあふれ出た。

白川の夜が、私たちの間の距離を飲み込んでいく。永遠だと信じていた愛と一緒に。

さようなら、剣。

私が「永遠」だと思っていたものに、さようなら。

次のチャプター