第2章

 廊下には、時計の針が時を刻む音だけが満ちていた。私はベッドの中で体を丸め、階下から響く足音に耳を澄ませる。ママがまた歩き回っている――毎晩のことだ。

 来た。

 突然、ドアが勢いよく開いた。入り口にママが立っている。廊下の明かりを背に受け、彼女の影が長く、黒く伸びていた。暗闇の中で、その瞳が異様な光を放っている。

「起きなさい、アイリス」

 その声は静かだった。私は目をこすり、今目覚めたばかりのふりをする。

「ママ……? もう夜だよ……」

「起きなさいと言ってるの!」

 ママは歩み寄ると私の腕を掴んだ。痛いほど強い力だ。

「死者と話すのが好きなんでしょう? さあ、お友達に紹介してあげるわ」

 ママに引きずられるようにして階段を降りる。足がもつれて転びそうだ。パパは今夜、当直でいない。だから家にいるのは私たち三人だけ。おばあちゃんの部屋からは明かりが漏れていない――きっと眠っているのだろう。

 地下室のドアがきしんだ音を立てた。ツンとした薬品の臭いが鼻をつき、思わず咳き込みそうになった。ママが明かりをつけると、薄暗い黄色い光が階段を照らし出した。

「降りなさい」

 背中を押された。階段は急だ。私は一段ずつ慎重に降りていく。

「そんなに死者が好きなの?」

 何もない空間にママの声が響く。彼女も私の後ろからついてきた。

「ほら、あんたの将来の家を見てみなさいよ!」

「ここ、寒いって言ってる」

 シーツを見つめながら、私はそっと呟いた。ママが身震いする。

「どういう意味!?」

 私は振り返ってママを見た。悪気などないような、無邪気な声色を装う。

「もうすぐ……新しいお友達が来るって言ってるよ」

 ママの顔が死人のように青ざめた。

「誰が!? 誰があんたに話しかけてるの!?」

「あの人たち」

 私は遺体処置台を指差した。

「ママはよく会いに来てくれるけど、いつも幸せそうじゃないって」

 ママがいきなり私の肩を掴んだ。爪が肌に食い込む。

「いいこと、この化け物。これ以上、気色の悪いごっこ遊びを続けるなら、一生あいつらと一緒にいることになるからね。わかった?」

 私は頷いた。だが同時に、階段の構造を注意深く観察していた。十三段。右に手すり、左は壁。かなり急だ――もし誰かが上から落ちたら……。

 夢で見た通りだ。

「わかったよ、ママ」私は従順に答えた。「もう変なことは言わない」

 ママは長い間私を睨みつけていたが、やがて手を離した。

「二階へ行きなさい。寝るのよ」

 部屋に戻り、ベッドに横たわって、今起きたことを振り返る。

 翌朝、おばあちゃんがドアをノックした。

「アイリス、起きる時間よ」

 その声は温かく優しくて、ママとはまるで違っていた。私はゆっくりと起き上がり、わざと疲れた様子を見せる。部屋に入ってきたおばあちゃんは、すぐに私の目の下のクマに気づいた。

「あらまあ、昨日はよく眠れなかったの?」

 ベッドの端に座り、私のおでこに手を当てる。

「ママが新しいお友達を紹介したいって。でも、あそこすごく寒かったの」

 私はおばあちゃんの胸に寄りかかり、求めていた温もりを堪能した。おばあちゃんの体が、不意に強張った。

「新しいお友達って?」

「下にいる、静かなおじちゃんやおばちゃんたち」

 私はおばあちゃんを見上げた。

「いい子にしてないと、あの人たちとお友達にならなきゃいけないってママが言ってた」

 おばあちゃんの顔色がさっと変わる。私の頬を撫でる手が震えていた。

「ねえ……ママは……ママはあなたを地下室へ連れて行ったの?」

 私は頷く。

「私がお話しするのが好きだから、会いに行きなさいって。でもすごく寒くて、変な臭いがしたよ」

「なんてこと……」

 おばあちゃんの声は、消え入りそうなほど小さくなった。

 おばあちゃんは私をさらに強く抱きしめた。彼女の心臓の鼓動が速くなるのが伝わってくる。おばあちゃんは賢い人だ――これが何を意味するのか、すぐに悟ったのだろう。五歳の子供が、真夜中に葬儀社の地下室へ連れて行かれるなんて……。

「アイリス、もしママがまたあそこに連れて行こうとしたら、すぐにおばあちゃんのところに来るのよ。いい?」

 おばあちゃんの声は少し震えていた。

「うん、わかった」

 私は愛らしく頷いた。これでおばあちゃんは、ママの一挙手一投足をより注意深く見張るようになるはずだ。まさに私の狙い通りだった。

 昼食の時間、パパがようやく帰ってきた。ひどく疲れているようだ。

 パパは私のおでこにキスをすると、ママを手伝って昼食の準備をするためにキッチンへ向かった。

 ママはまだ神経質な様子だった。私がいつ恐ろしいことを口走るか気が気でないといった風に、何度もこちらをチラチラと見ている。

 私たちは食卓を囲み、食事を始めた。おばあちゃんが隣に座り、時折私の背中を優しく叩いてくれる。守られているのを感じた。

「パパ、変な夢を見たの」

 私は唐突に切り出した。パパがフォークを置いて私を見る。

「どんな夢だい?」

「綺麗な女の人が階段から落ちて、私たちがお世話してるお友達になっちゃうの」

 私は真っ直ぐにママを見つめた。

「その人、ママが着てるみたいな白い服を着てたよ」

 突然、ママの手から水の入ったグラスが滑り落ち、テーブルで砕け散った。ガラスの破片が飛び散り、水がテーブル一面に広がる。ママの顔色は紙のように白くなっていた。

「いい加減にして! そんなこと言うのはやめて!」

 ダイニングルームに響き渡るような悲鳴だった。パパが驚いて飛び上がる。

「デライラ? どうしたんだ?」

「私……私は……」ママは震えながら私を睨みつけた。その目は恐怖に満ちている。「この子が……この子がいつも恐ろしいことを言うから!」

 おばあちゃんは黙ってガラスの破片を片付け始めたが、その目は片時もママの反応から離れていなかった。

「アイリス、それはただの夢だよ」

 パパは膝をついて私を抱きしめたが、困惑しているのが伝わってきた。

「夢は現実じゃないんだよ、ね?」

「でも、夢で見たことが本当になること、あるよ」

 私は悪気なく言った。

「昨日も、ママに地下室へ連れて行かれる夢を見たら、本当にそうなったもん」

 パパの体が強張った。彼はゆっくりとママの方を振り向く。その目には、今まで見たことのない表情が浮かんでいた。

「デライラ、昨日の夜、アイリスを地下室へ連れて行ったのか?」

 ママの唇が震え、言葉が出てこない。

 パパに寝かしつけられたあと、階下から激しい言い争いが聞こえてきた。私は忍び足で階段の上まで行き、手すりのそばにしゃがみ込んで聞き耳を立てた。

「……あの子はまだ五歳だぞ! なんで真夜中にあんな場所へ連れて行くんだ?」

 パパの声は怒りに満ちていた。

「マーカス、あなたはわかってないのよ!」

 ママの声は半狂乱になっている。

「あの子は知ってるの……全部知ってるのよ!」

「何を知ってるって? デライラ、何を言ってるんだ?」

「あの子は死者と話せるのよ! 私たちが何をしたか知ってるの! あの子は……」

 ママの声が不意に途切れた。

 長い沈黙が流れた。やがて、パパが深くため息をつく音が聞こえた。

「デライラ、君は休んだほうがいい。ストレスのせいで……」

「違う!」ママが遮った。「マーカス、あの子を……私たちは……」

「どうするって言うんだ?」

 再び沈黙。昨夜の地下室と同じように、ママがリビングルームを歩き回っている姿が目に浮かぶようだ。

 パパはママを疑い始め、おばあちゃんは私を守ろうとしている。

 でも同時に、ママがより危険な状態にあることもわかっていた。追い詰められた人間は、常軌を逸した行動に出るものだ。

 私の誕生日パーティーまであと数日。夢で見た光景は、いつ現実になってもおかしくない。

 私は自分の首に触れ、あの窒息する感覚を想像した。

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