第1章 復讐

わたくしが五歳の誕生日を迎えた日の記憶は、眩いほどに輝かしく、そして同じくらい、どうしようもなく昏い。

あの日の朝、父は直々に、わたくしの長い髪を梳かしてくれた。

王立魔法学院にその名を轟かせる偉大なる魔法師、ヘルス・オックスリ。そんな父の傍らで、母はただ優しく、美しいメロディーを口ずさんでいた。

「フィリア、今日は君にとって特別な日だ」

父はそう言うと、わたくしの手を取った。

「市場へ行って、とっておきの贈り物を一つ選んでやろう」

翠霞(すいか)の城下町で最も活気のある魔法市場は、あらゆる魔法の品が陽光を浴び、宝石のようにきらめいていた。

父は七つの味に変わる不思議な飴をわたくしに買ってくれ、やがて一軒の古びた魔法工房の前で足を止める。

「メロディにも贈り物を一つ選んでやってくれ」

父が悪戯っぽく囁いた。

「彼女は何を貰ったら喜ぶと思うかね?」

「お父様。本当の目的は、お母様への贈り物選びでしょう?」

わたくしがわざと頬を膨らませて小さな拳を振り上げると、父は声を上げて笑い、わたくしの鼻を優しくついた。

「嘘はついていないさ。君への贈り物はもう買っただろう? だがな、フィリア。君の母は、私の人生で最も大切な宝物なんだ。彼女がどれほどの痛みを乗り越えて、君という宝物を授けてくれたか……決して忘れるなよ」

父の言葉はいつでも、母への深い愛に満ちていた。

わたくしは、一輪の水晶の薔薇を指差した。工房の主人が音の魔法を宿して作り上げた精巧な芸術品だ。きっとお母様もお気に召すに違いない。父もそれが気に入った様子で、満足げに頷いて代金を支払った。

その帰り道、馬車に揺られながら、父が不意に尋ねた。

「フィリア。学院で、君の母について何か良くない噂を耳にしたことはあるか?」

わたくしは頷いた。

幼心にも、貴族の子弟たちが口にする『芸女』という言葉が、侮蔑の色を帯びていることは理解していたから。

父の眼差しが、深く、そして限りなく優しくなる。

「覚えておきなさい、フィリア。君の母は確かに花街の出身だ。だが、この世の誰よりも清らかな魂を持っている。彼女の魔法は、血筋だけの力に胡坐をかく貴族共には、到底理解できぬものなのだ」

その、時だった。

父の教え子の一人が、蒼白な顔で馬車の傍らに転移してきた。

「先生! 奥様が……メロディ様が何者かに襲われ、路上に……!」

父の顔から、瞬時に血の気が引いた。

彼は転移魔法を唱える余裕さえなく馬車から転がり落ちると、市場の方角へと猛然と走り出した。高価な魔法師のローブが泥に汚れ、行き交う人々に突き飛ばされても構わず、ただひたすらに。

翠霞城で最も尊いと言われた魔法師の威厳は、そこにはもうなかった。

わたくしたちが駆けつけた時、現場は黒山の人だかりだった。

父が、悲痛な叫びと共に障壁魔法を放つ。

「イースライール・アーカロン!」

青い光の壁が、野次馬たちを容赦なく弾き飛ばす。

「下がれ! 誰も近寄るな!」

父は血だまりの石畳に膝をつき、母をその腕に抱きかかえた。

わたくしには母の姿がよく見えなかった。

ただ、父が自らのローブで母の体を覆い隠し、静かに抱き上げて屋敷へと歩き出す、その広い背中だけが見えていた。

それからの五日間、父は一睡もせず、食事も喉を通さず、まるで十年も歳を取ったかのように憔悴しきっていた。

彼は誰であろうと、母が眠る水晶の棺に近づくことを許さなかった。わたくしですら、例外ではなかった。

後に知ったことだが、母の亡骸には、王族の魔法による傷跡がはっきりと残されていたという。あの特殊な金色の稲妻模様は、王族の血を引く魔法師にしか扱えない、禁断の魔法の痕跡だった。

葬儀の日、エリノ姫が自ら弔問に訪れた。

純白の豪奢な礼服をまとい、胸元の王族の紋章が金色に輝いている。彼女は父の姿を認めると、その稀代の美貌を悲しげに曇らせ、いかにもか弱そうに振る舞った。

「オクスリー様、奥方様のこと、心よりお悔やみ申し上げますわ。もし王族の助けが必要でしたら、何なりと……」

「姫殿下のお心遣い、痛み入ります」

父は恭しく頭を下げたが、その声は恐ろしいほどに平坦だった。

「ですが、何一つ問題はございません」

その夜、父はわたくしのベッドの傍らに座った。指先に灯した青い魔法の炎が、そのやつれた顔を不気味に照らす。

「フィリア」

静かな、それでいて凍てつくような声で、父は尋ねた。

「エリノ姫の顔を、覚えたか?」

わたくしは、こくりと頷いた。

「よろしい」

父の声は、冬の氷のように冷たかった。

「あの女の魂を水晶に封じ、永遠の苦痛を与えてやる」

「お父様が手を下さなくても、大丈夫ですわ」

わたくしは、自分の声が幼さに似合わず、硬く響くのを感じた。

「わたくしも、その魔法を覚えて、お母様の仇を討ちますから」

父が学院に復帰してしばらく経つと、その身から、時折エリノ姫が使う魔法香水の香りがするようになった。

半年後、姫が王族の子を懐妊したという報せが、王国中を駆け巡った。

ある夜、エリノ姫がわたくしたちの屋敷を密かに訪れた。

扉の隙間から、姫が父に泣きすがるのが見えた。

「わたくしは貴方のために、この身を削ってまで子を成そうとしているのに……! 王に、わたくしたちの婚姻をお認めいただくよう、どうして願い出てくださらないの?」

「その子を堕ろすなら、お前と未来を誓おう」

父は、冷ややかに言い放った。

父が姫に命じたのは、あまりにも残酷な嘘だった。お腹の子の父親は魔力を持たぬ従者だと偽り、その子を堕ろせ、と。王族の姫が魔力を持たぬ者と交わるなど、神への冒涜にも等しい。それは、姫の誇りを根底から踏み躙る、悪魔の囁きに他ならなかった。

五日後、王族の命令により、父とエリノ姫の婚姻が強制的に執り行われた。

醜聞を隠したい王族と、それを逆手に取った父の策略。世間は「穢された姫を押し付けられた」と父に同情したが、その噂を流したのが父自身だと知る者はいない。父には、魔法評議会の顧問という破格の地位まで与えられた。

婚姻の儀の日、屋敷の儀式場は姫を迎えるにはあまりに簡素で、侮辱的ですらあった。

姫が母のかつての婚礼衣装を着たいと申し出た時、父は凍てつくような声で言った。

「姫はご自分を、あの三文役者と同格だとお思いか?」

主導権を握ろうとしたエリノ姫の顔が、さっと土気色に変わる。

「わたくしは王族の血筋! あのような身分の低い女と、一緒にしないで!」

その瞬間、わたくしはすべてを悟った。

半年前、姫は衛兵に命じ、衆目の前で母の服を剥ぎ取ろうとしたのだ。母を辱め、心を折るために。

そして今日、彼女は、母の血で汚れたはずのそのドレスを、勝利の証として身に纏おうとしたのだ。

わたくしは、父の静かな横顔を見つめる。

彼の復讐は、まだ始まったばかりなのだ。

――ええ、わたくしの復讐も。

心の中で、冷たくそう呟いた。。

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