第111章

『安野さんの件は少し特殊でして。薬をもう一度、替える必要があるんです』

 ひとりのボディガードに詰められ、ワゴンを押す男の手がわずかに震えた。だが夜の廊下は薄暗く、その変化に気づく者はいない。

 男はそれだけ言うと、余計なことは口にせず、静かにその場に立った。

『……分かった。入れ。慎重にな。安野さんを起こすなよ』

 結局、ボディガードは通した。

 病室では、安野香苗がベッドの上で眠っていた。男は枕元まで近づくと、マスクを外す。現れたのは、見知らぬ男の顔だった。

 長い病に削られたような頬。血の気のない肌。瞳の奥には、生気ではなく鈍い諦めと死の色が沈んでいる。疲弊と、どこか壊れか...

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