第3章

「先生、先に出ていてください」

周防浅奈はレイプされた後の放心状態を装い、そっと手を引き抜いた。

これ以上、木島若凪の顔を見ていたら、その喉笛を食いちぎってしまいそうだったからだ。

医師が恭しく寝室を退出すると、部屋には周防浅奈と木島若凪の二人だけが残された。

周防浅奈の身体に残る痕跡を見て、木島若凪は心配そうに声をかけた。

「浅奈、彼を恨む気持ちはわかるわ。でも彼は権力者よ。私たちじゃ太刀打ちできない」

木島若凪は周防浅奈を熟知していた。周防浅奈は正真正銘の馬鹿だ。

よく言えば箱入り娘、悪く言えば無知な恋愛脳。

近藤時弥が何か言えば死ぬほど彼を愛し、木島若凪が何か言えば疑いもせず信じる。

何より、他人がやれと言えば言うほどやりたくなくなり、木島若凪が近藤永一に逆らうなと言えば言うほど、彼と対立しようとするのだ。

いつか近藤永一が周防浅奈に愛想を尽かす日を思い浮かべ、木島若凪の笑みは深くなった。

彼女は再び周防浅奈の手を握り、諭すような口調で言った。

「近藤永一には敵わないの。彼に従うしかないわ。周防グループ東区のプロジェクトが停止されたって聞いたでしょ? 再開しないと破産よ。会社のためにも近藤永一に逆らっちゃだめ、わかった?」

周防浅奈はその手を強く握り返した。長いネイルが木島若凪の肉に食い込み、痛みに彼女は慌てて手を離した。

爪に血さえついていないのを見て、周防浅奈は苛立ちを覚えた。やはりまだ甘いのか。

前世、木島若凪はこういったもっともらしい嘘を吹き込み、周防グループのプロジェクト停止は近藤永一の陰謀だと思わせた。

実際は近藤時弥と木島若凪の仕業で、二人が会社の重役を買収し、わざと資料を提出させず、行政処分を受けさせたのだ。

些細な問題を、さも周防グループが倒産するかのように大げさに騒ぎ立てた。

結局、周防浅奈は訳もわからぬまま会社を近藤時弥に譲り渡し、彼に家での地位を与え、周防グループは消滅した。

過去を思い出し、周防浅奈は立ち上がり、無言でバスルームへと向かった。

「浅奈、浅奈、どうしたの?」

木島若凪が二度呼んだが返事はなく、ショックを受けているのだと解釈した。

これだけ気の強い周防浅奈だ、近藤永一に犯されれば錯乱するのも無理はない。

ただ、昨夜二人が一晩中情事に耽っていたことを思うと、木島若凪は悔しさでいっぱいだった。

彼女も立ち上がり、バスルームに向かって叫んだ。

「近藤永一がこんなにあなたをいじめるなんて、私が今から文句を言ってきてやるわ! このままじゃ済まさないから!」

周防浅奈はドアが閉まる音を聞いて、冷笑した。

さっきまで近藤永一に逆らうなと言っていたくせに、今度は自らトラブルを起こしに行く。親友のために義憤に駆られる健気なヒロインを演じて、近藤永一の気を引きたいだけだろう。

昨日あれだけの量の薬を盛られたのだ。近藤永一が調べようと思えば、何だってわかる。

私の庇護がなくなった今、木島若凪が無傷で済むかどうか見ものだわ。

彼女は鏡を見上げ、次の瞬間、笑みが凍りついた。

ウィッグはどこかへ消え、ボサボサの髪が頭に乗っている。

顔は白、黒、赤の斑模様で、まるでパレットだ。

鏡に近づいてよく見ると、医師や木島若凪が幽霊でも見たような反応をした理由がわかった。

自分でもショック死しそうなこの形相に、近藤永一はよくキスできたものだ。しかもノリノリで。

周防浅奈は額に手を当て、白い絵の具に触れて顔をしかめ、蛇口をひねって手を洗い始めた。

その時、木島若凪が再び飛び込んできた。頬を紅潮させている。

「さっき仇をとってやったわよ! 近藤永一ったら一言も言い返せなかったわ!」

嬉しさを隠しきれない様子で、明らかに近藤永一と言葉を交わせたことに興奮している。

周防浅奈はこっそり白目をむいた。

木島若凪が唯一の友人だからこそ、近藤永一は彼女の出入りを黙認していただけだ。

言い返せなかったのではなく、相手にする価値もないと無視されただけだろう。

周防浅奈が無言なのを見て、木島若凪は彼女の手を掴んだ。

「近藤永一は仕事があるみたいだから、ある人に会わせてあげる。急ぎましょ」

周防浅奈がどんな姿であろうと構わず、木島若凪は彼女を外へ引っ張り出した。

昨日の数時間に及ぶ情事で消耗している周防浅奈に、振りほどく力はない。

木島若凪の目的はただ一つ――彼女に恥をかかせることだ。

案の定、周防浅奈を見た瞬間、別荘の使用人たちは幽霊を見たような顔をし、悲鳴を上げかけた者もいたが、すぐに同僚に口を塞がれた。

周防さんに向かって悲鳴を上げるなど、命知らずにも程がある。

木島若凪は異変に気づかないふりをして、わざわざ遠回りをして周防浅奈を裏庭へと連れて行った。

「感謝してよね」

背中を押され、周防浅奈はよろめいた。

「浅奈、大丈夫か……」

近藤時弥の声が途切れた。周防浅奈の姿を見て、嫌悪感が隠しきれない。

周防浅奈は立ち直り、彼の感情の変化に気づかぬふりをして冷たく言った。

「どうやって入ったの?」

次の瞬間、近藤時弥の視線が周防浅奈の首筋にあるキスマークに釘付けになった。彼は拳を握りしめ、失望したように周防浅奈を見た。

「浅奈、まさかここまで落ちぶれるとはな!」

「僕たちは互いのものだと言ったじゃないか。金のために近藤永一とあんなことをするなんて、僕たちの誓いをなんだと思ってるんだ!」

目に涙を浮かべ、辱めを受けたかのように振る舞う。

周防浅奈は呆れて笑い出しそうになった。散々女と寝てきた男が、どの面下げて言っているのか。

まだメイクを落としていないため表情が見えず、近藤時弥は彼女が罪悪感に苛まれていると思い込んだ。

彼は契約書を取り出した。

「浅奈、近藤永一は周防家を狙ってる。周防グループのプロジェクトが止まったのも奴のせいだ。この法的書類にサインさえすれば、あとは僕に任せてくれ」

彼はペンを周防浅奈の手に握らせた。

「両親がいなくても僕がいる。必ず助けてやるから」

契約書を最後のページにめくる。

「ここにサインするだけでいい。朱肉も持ってきた」

そう言って鞄の中の朱肉を探そうとした。

パチン!

何の前触れもなく、平手打ちが彼の頬に炸裂した。彼は左頬を押さえ、信じられないという顔で周防浅奈を見た。

「ぶったな?」

パチン! もう一発。周防浅奈は手首を振り、契約書を地面に放り捨てた。

「ぶって何が悪いの?」

周防浅奈は冷笑した。

近藤時弥が口を開く前に、再び手を上げる。

パチン!

「この一発は、駆け落ちだと騙して周防家を窮地に陥れようとした分!」

パチン!

「この一発は、近藤永一に立ち向かう度胸もないくせに、私に操を立てろとほざいた分!」

パチン!

「この一発は、身の程知らずにも周防グループのプロジェクトと財産を横領しようとした分よ!」

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