第3話

「家族、か」

和也が再び繰り返し、その声はさらに低くなった。彼が一歩近づくと、私は無意識に彼の袖を強く握りしめていた。

「教えろ、凜音。そいつが君の命の恩人だからか、それとも、君が奴に好意を寄せているからか?」

その問いは、まるで物理的な一撃のように私を打ちのめした。全身がこわばり、喉が締め付けられて息もできないほどだった。

「和也、違うの、あなたが思っているようなことじゃ……」

伊藤大樹は無理に笑ってみせたが、その肩に力が入っているのが見て取れた。

「藤原さん、奥さんをもっと信頼してあげるべきですよ。凜音さんは、俺が彼女と彼女のお母さんの命を救ったことに感謝しているだけです」

和也の瞳に宿る、抑えられた怒りと深い傷を感じて、苦悩の波が押し寄せてきた。あんなにも苦痛と怒りが入り混じった表情で、私を見つめるのを見たのは初めてだった。

和也の冷たい視線が、この対立の成り行きを見守っていた大樹の「ビジネスパートナー」たちをさっと見渡した。

「白石家の新しい友人か? どうやら組む相手を間違えたようだな」

その時、彼の電話が鳴った。和也は画面を一瞥し、その表情をさらに険しくさせる。

「面白い連中と付き合っているんだな、凜音」彼の声は、殺人的なほど静かだった。「今夜の君の選択がもたらす結果を、覚悟しておくことだな。俺の世界では、忠誠は選択肢じゃない」

私は口を開いたが、頭の中が目まぐるしく回転していた。和也について行って、すべてを説明したいという気持ちが心の片隅にあった。しかし、隣にいる大樹の存在、彼が私の家族のためにしてくれたことの記憶――そのすべてが、私をその場に凍りつかせた。

和也の瞳が私の顔を探り、私が黙ったままでいると、彼の瞳から何かが消えていくのが見えた。

「そうか」

彼は静かにそう言うと、一言も発さずに背を向けて歩き去った。

私はその場で震えながら、彼の姿が消えていくのを見送った。私は、人生最大の過ちを犯してしまったのだろうか?

「凜音」大樹の声は穏やかだった。「君は正しい選択をしたんだ」

しかし、彼が仲間たちの元へ戻ると、その態度はもっと計算高いものへと変わった。彼は「次の段階」や「絶好のタイミング」について、切迫した口調で話している。

その口調に、どこか不穏なものを感じた。この冷徹で、ビジネスモードな大樹は、どこか見慣れない感じがした。

その時、彼の電話が鳴った。大樹は発信者番号を一瞥し、その顔つきが完全に変わった。顔から、さっと血の気が引いたのだ。

「何だと?!」彼は怒りに任せてワイングラスを床に叩きつけ、破片がそこら中に飛び散った。「あの貿易ルートは間違いなく……」

彼は私の方へ向き直り、その目に鋭い疑念を光らせた。

「君が撮影した台帳の中身は偽物だった。和也の奴、我々を嵌めやがったんだ!」

私は衝撃に目を見張った。

「私……私は書斎にあったものを正確に撮っただけです。『ルート』と記された台帳を……」

大樹は冷ややかに鼻で笑い、その人格は突如として邪悪なものに変わり、私が知る穏やかな男とはまるで別人だった。

「君がそれを盗むことなど、最初からお見通しだったんだ。奴は、意図的にこの罠を仕掛けたのさ」

彼は私の手首を、痛みを覚えるほど強く掴んだ。

「本物の台帳を手に入れなければならない。言え、奴はそれをどこに隠した?」

初めて見る大樹の瞳の奇妙で危険な光に、疑念が毒のように心に忍び込んできた。この人は、病院で私を助けてくれた、あの人と同じなのだろうか?

私は、彼の手を振り払った。

「知りません……」

大樹の表情は瞬時に穏やかなものに戻ったが、私はもう彼の本当の顔を見てしまっていた。

「凜音、今、俺を助けられるのは君だけなんだ」

藤原の家に戻る車の中で、私の右の瞼がぴくぴくと痙攣し続け、心は落ち着かなかった。大樹の豹変ぶりが、頭の中で何度も再生されていた。

突然、電話が鳴った。和也の秘書である井上裕太が、切羽詰まった声で言った。

「奥様、藤原さんが何者かに襲われ、ただいま病院で緊急治療を受けております!」

「えっ?」顔から血の気が引いた。「誰が……誰がそんなことを?」

「我々にもまだ……ですが、すぐに病院へお越しください!」

道中、私は今夜の和也の言葉と表情、そして大樹の突然の冷酷な態度を思い出し続けていた。恐ろしい疑惑が、私の心に根を下ろした。

ようやく病院にたどり着いた私は、急いで中へ駆け込むと、廊下で井上裕太が心配そうに待っていた。

井上裕太が前に出て、説明してくれた。

「藤原さんは貿易ルートの交渉に向かう途中、待ち伏せに遭いました。覆面を被った男たちが車に発砲したのです。車がコントロールを失って衝突した際、藤原さんは複数の怪我を負いました。右腕に銃創、衝撃による頭部外傷、そして事故で脚も負傷しています。医者によれば、幸いにも弾丸が主要な動脈を逸れたとのことです」

私の顔は、青ざめた。

「この襲撃は……あの貿易ルートが原因なの?」

井上裕太は、意味ありげに私を見つめた。

「奥様は鋭いですね。どうやら誰かがあのルートをよほど手に入れたいらしく、タイミングがあまりにも偶然すぎます」

彼は声を低めた。

「藤原さんは、誰かがその台帳に興味を持つだろうと疑っていたので、意図的に偽の情報を残したのです。今夜、彼が会いに行ったのは、本物の取引相手でした」

大樹に利用され、和也を傷つけてしまったのだと悟り、冷たい恐怖が胃の腑に落ちた。

井上裕太に連れられて治療室へ向かうと、和也が治療台のそばに座り、医者が彼の額の傷を縫合しているところだった。彼の黒いスーツの右袖は切り取られ、血の滲んだ包帯が巻かれた、弾丸がかすめた腕が露わになっていた。

和也は私を見上げたが、その視線は冬の氷のように冷たく、温かみの欠片もなかった。

「和也……」私は、そっと呼びかけた。

彼は応えず、ただ医者に向き直った。

「急いでくれ、一晩中付き合っている暇はない」

まるで私がただの他人であるかのように、和也がこんな風に私を扱うのを見たのは初めてだった。

医者が薬を取りに席を外すと、和也はついに口を開いた。その声は低く、冷たかった。

「伊藤大樹の指導は、随分と……効果的だったようだな。今夜の君の選択は、実に明白だった」

私は震えながら一歩前に出た。

「違うの……私は彼が……」

和也は、冷笑で私の言葉を遮った。

「何を思ったんだ? 奴が君のことを心から気にかけているとでも? 忠誠心の前では、血の繋がりなど問題にならないとでも?」

彼は額の傷に触れ、再び血が滲み出た。

「親父の警告を聞いておくべきだった。だが君は……君は、俺の最大の弱点だ」

医者が戻ってきて、和也に経過観察が必要だと警告したが、彼はすでにコートを羽織り、去る準備をしていた。

「北区の取引は今夜中にまとめなければ、我々の貿易網全体が打撃を受ける」彼は、井上裕太に言った。

彼が立とうと苦労しているのを見て、負傷した脚のせいで一歩一歩が覚束ないことに気づいた。

「あなたの脚……」

私は思わず声をかけ、彼を支えようと手を差し伸べた。

和也は私の手を避けたが、その急な動きでよろめき、壁に寄りかかることを余儀なくされた。

私がどうすることもできずに立ち尽くしていると、見慣れた人影が急いでこちらに向かってきた。古くからの家の執事である山下健一で、その顔には心配の色が深く刻まれていた。

山下健一は私のそばに来て、静かに首を振った。

「奥様、井上裕太に任せましょう」

和也の去っていく背中を見送りながら、山下健一は静かに言った。

「藤原さんがなぜ奥様と結婚されたか、ご存知ですか?」

私は戸惑いながら彼を見た。

「どういう意味ですか?」

山下健一は、溜め息をついた。

「藤原家は、藤原さんと奥様の結婚に反対でした。彼は何ヶ月も父親と争い、あなたを失うくらいなら相続権を放棄するとまで言ったのです」

私は衝撃に目を見張った。

「何ですって? そんなこと、一度も……」

彼は続けた。

「最終的に、ご当主は折れましたが、こう警告なさいました。『もし彼女がお前を裏切るようなことがあれば、藤原家はこの屈辱を永遠に忘れない』と。藤原さんはこうお答えになりました。『彼女の忠誠心に、命を賭けます』と」

和也が私を見つめるたびに見せていた切ない眼差しや、私が拒絶し続けた、彼が近づこうとした数え切れないほどの試みを思い出し、罪悪感が物理的な重みとなって私にのしかかった。

私は窓際に立ち、和也の車が病院を去っていくのを見ていた。山下健一の言葉の重みが心に沈み込み、私の手は震えていた。

私の携帯が振動し、伊藤大樹からの冷酷で無慈悲なメッセージが表示された。

『計画は変更になったが、心配するな。藤原は間もなくこの街から消える。そうしたら、君を迎えに行く』

『今夜のちょっとした事故で、君の決意が揺らいでいないことを願うよ』

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