第303章

高橋文也がわざわざ来てくれた手前、中村奈々はむげに断るわけにもいかず、山下富美子に従って車に乗り込んだ。

車中、高橋文也はバックミラー越しにちらちらとこちらの様子を窺っている。

山下富美子はそのあたり心得たもので、車に乗るやいなや「狸寝入り」を決め込んでいた。

信号待ちの最中、高橋文也はバックミラーを見つめ、薄く笑みを浮かべて静かに問いかけた。

「親父やお袋、何か失礼なこと言ってなかった?」

「ううん、そんなことない。おじ様も、おば様も、とても優しくしてくださったわ」

彼女の余所余所しい口調に気づき、高橋文也は一瞬沈黙した。その彫りの深い瞳に、微かな寂しさがよぎる。

「……そん...

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