第5章 あなたは姉だから弟を世話するべきだ
「病院へ。急げ」
彼は低い声で命じた。
「は、はい」
山本大賀はすぐに承諾し、アクセルを踏み込んで、最寄りの私立病院へと車を走らせた。
三十分後、彼らは病院に到着した。病院で最も腕の良い医者はとっくに連絡を受けており、彼らが到着するより前に、中村奈々はすぐに救急救命室へと運ばれ、手当を受けていた。
黒田謙志は救急救命室の外に立ち、その精悍で硬質な顔は暗雲に覆われていた。
「黒田社長、あまりご心配なさらないでください。中村秘書は強い方です。きっと大丈夫ですよ」
山本大賀は思わず彼を慰めた。
「誰が彼女を心配した?」
黒田謙志の口調はわずかに苛立っていたが、すぐにその反論が幼稚すぎると感じたのか、言葉を改めた。
「仕事に支障が出ないことを願っているだけだ」
山本大賀は慌てて頷いて同意したが、心の中では毒づいていた。明らかに心配しているくせに、絶対に認めようとしない。まったくもって、素直じゃない。
ワンフロア全体が一つのVIP病室となっている部屋で、中村奈々は血の気のない顔でベッドに横たわり、体は弱りきっていた。
彼女がゆっくりと目を開けた時、驚いたことに、かつて幾度となく夢見た光景がそこにあった。母の中村美知子がベッドの傍らに座り、心配そうな顔で彼女を見つめている。
一瞬、中村奈々は夢の中にいるのではないかとさえ思った……。
中村奈々が目を覚ましたのを見て、中村美知子は慌てて彼女の手を握り、優しく声をかけた。
「奈々、目が覚めたのね。お母さん、心配でたまらなかったのよ」
中村美知子の眼差しは気遣いに満ちており、彼女は中村奈々の額をそっと撫で、まだ熱があるかどうかを確かめているようだった。
中村奈々は静かに首を振り、瞬きもせず、じっと中村美知子を見つめていた。
「あなたったら、どうしてこんなことになったの?」中村美知子は眉をわずかにひそめ、続けた。「お母さんがどれだけ心配したか、わからないでしょう。あなたが事故に遭ったと聞いた瞬間から、お母さんの心はずっと張り詰めていたのよ。この一晩、あなたが無事でいるようにずっと祈っていたんだから」
彼女の声は少し震えており、明らかにひどく怯えていた。
中村奈々の涙が、堰を切ったように溢れ出し、一粒、また一粒と枕に滑り落ちていく。
「どうして泣くの? どこか具合でも悪いの? 痛かったらお母さんに言って。お医者様を呼んでくるから」
中村美知子の視線は中村奈々の体を何度も行き来し、彼女に少しでも異常がないかと案じている。
彼女は中村奈々の布団をそっと引き上げ、優しく丁寧な手つきで掛け直してやった。
中村奈々の心に温かいものが込み上げてくる。母からこれほど真摯な気遣いを受けたことは、一度もなかった。
彼女は声を詰まらせ、必死に感情を抑えながら言った。
「お母さん、心配しないで。私、大丈夫だから」
この瞬間、彼女はすべての苦痛と屈辱を忘れ、ただただ温かさに包まれているように感じた。
しかし、その感動は長くは続かなかった。
中村美知子は一瞬ためらい、話の矛先を変えて続けた。
「奈々、弟のあの合宿、本当に大事なのよ。あなた、どうにかならないかしら……」
中村奈々の顔色は瞬時にこわばり、険しくなった。母の気遣いはすべて目的があってのこと、すべては自分に金を出させるためだったのだと、彼女は悟った。
喉が詰まり、まるで棘が刺さったかのように、ひどく息苦しくなる。
彼女は涙がこぼれないように強く歯を食いしばったが、声はかすかに震えていた。
「お母さん、どうして昔からずっと弟ばかり贔屓するの? どうしてこんな時まで、心の中は弟のことばかりなの? 私はお母さんの子供じゃないの?」
中村奈々の声は震え、涙が瞳に溜まる。
彼女の思考は瞬く間に過去へと遡り、母に無視され、差別されてきた光景が映画のように脳裏に次々と浮かび上がった。
「弟が病気の時は、気が気じゃなくて、すぐに手元のことを全部放り出して、ベッドのそばでつきっきりで看病して、昼も夜も自ら世話をしてた。でも私が病気になっても、ただ『薬を飲んで、ゆっくり休みなさい』って言うだけで、相変わらず自分の用事を優先して、せいぜい家政婦さんに私の様子を見に行かせるくらいだった」
中村奈々の瞳は苦痛に満ちていた。
「毎晩寝る時、お母さんは弟のベッドのそばに座って、学校での楽しいことや悩みを話してあげて、寝物語を聞かせて、彼が眠りにつくまで離れなかった。でも私にはただ一言——早く寝なさい! だけ。弟の誕生日はパーティーにプレゼントに旅行まであったのに、私は? 私の誕生日を覚えてたこと、あった?」
「弟がまあまあな絵を描けば、すぐさま額に入れて、リビングの一番目立つ場所に飾って、会う人ごとに彼の絵の才能を自慢してた。でも私が学校で賞を取った絵を家に持って帰って見せても、一目見て『きれいね』って言って、すぐに脇に置いちゃう……」
中村奈々の声はますます昂っていく。
「お母さんはいつも弟を『私の王子様』とか『大事な息子』って呼ぶのに、私のことはいつも呼び捨て。私に弟のために何かをさせたい時だけ、『奈々』って呼ぶの。特にお父さんが事故に遭ってから、私は大学を中退して、毎日お母さんの医療費と弟の学費と生活費のために走り回って、疲れ果ててたのに、返ってきたのはもっとひどいえこひいきだけだった……」
父親のことを口にすると、中村奈々の感情はさらに制御を失い、彼女は胸元の服を固く掴み、押し殺すように泣きじゃくった。
「どうして? 私が何か悪いことした?」
「私がどれだけ辛い思いをして、どれだけ苦労したか、お母さんは気にも留めなかった。いつも弟のために、私に犠牲を強いる。私もお母さんの娘なのに! どうして一度くらい、公平に扱ってくれないの?」
中村奈々の心は絶望と苦痛に満ちていた。彼女は母を見つめ、その瞳には問いかけと、合理的な説明を求める期待が入り混じっていた。
中村美知子は彼女の苦痛の訴えを聞いても全く意に介さず、こう言った。
「あなたはお姉ちゃんなんだから、弟の面倒を見るのは当たり前でしょう。それに、あなた今、少しはお金があるんでしょう? 弟を助けてあげて何が悪いの?」
母の言葉を聞き、中村奈々の心の中で怒りと屈辱が一気に爆発した。
「もうたくさんよ! 私はあなたたちのATMじゃない! 私にだって自分の人生があって、自分の夢があるの。どうしてあなたたちは私の気持ちを一度も考えないの?」
母と娘は一言、また一言と、激しく口論を始めた。
病室は緊迫した空気に満ち、中村奈々の涙は絶え間なく流れ落ちた。
中村奈々の心は悲しみとやるせなさでいっぱいだった。
母はきっと永遠に変わらないだろう、自分の長年の期待と努力はすべて無駄だったのだと、彼女は悟った。
その時、病室のドアが静かに開けられ、黒田謙志が入ってきた。
彼は母と娘の口論を耳にし、その顔に意味ありげな表情を浮かべていた。
彼は静かに戸口に立ち、中村奈々とその母親を見つめ、何を考えているのかわからなかった。
中村奈々は黒田謙志に気づくと、顔を背け、袖で涙を拭った。彼にこんな無様で苦しんでいる姿を見られたくなかった。
黒田謙志は中村奈々のその悲しげな様子を見て、心がわずかに動いた。
彼の眼差しに一瞬複雑な感情がよぎったが、すぐにまた冷淡な表情に戻った。
彼は何も言わず、ただ黙ってそこに立っていた。
病室は気まずい沈黙に陥った。
結局、耐えきれなくなったのは中村美知子の方だった。彼女は恨めしげに中村奈々を睨みつけると、踵を返して自分の病室へと戻っていった。去り際に、彼女が中村奈々のために剥いてやったリンゴまで持ち去っていく。後で中村智に食べさせるつもりなのだろう。
病室は途端に静まり返り、二人だけが残された。














