第3章

光の視点

「光、一緒に家に帰るのよ! 今すぐ!」

 母さんが突然飛びかかってきて、私の腕を死に物狂いで掴み、強引に外へ引きずり出そうとした。

「離して!」私はもがいたが、父さんも駆け寄ってきて、二人は狂ったように私を引きずって行こうとする。

 颯斗がすぐに私たちの間に分け入った。

「俺に何か不満があるなら、はっきり言ってください。仕事ですか? 経歴ですか? それとも――」

「君の問題じゃない!」父さんが目を真っ赤にして遮った。

「この子だ! この子は君と結婚できないんだ!」

「じゃあ何が問題なのよ!」私は母さんの手を振り払った。

「もういい加減にして! 私にどうしろって言うの!」

 これまでの数年間の鬱憤が、この瞬間にすべて込み上げてきた。全身が震え、涙が止まらずに溢れ落ちる。

「結婚してほしくないなら、最初からそう言えばよかったじゃない!」私の声はかすれ、ひび割れていた。

「一生独身でいてやるわ! 誓ってもいい!」

「でも、どうして?」私は二人を睨みつけた。

「私が独身の時は死に物狂いで結婚を急かしたくせに、いざ結婚するとなれば、どうして何度も邪魔をするの?」

「私に一生孤独で死んでほしいわけ!」

 母さんは顔を歪ませ、とめどなく涙を流した。

「私たちだってこんなことしたくないわ……光、本当にしたくないの……」

「だったら邪魔しないでよ!」

「だが、お前は本当に――」父さんが何かを言いかけたが、颯斗がそれを遮った。

「もういいでしょう」颯斗の声は冷ややかで、こんな口調の彼を聞いたのは初めてだった。

「一体何が不満なんです? 言ってくれれば、俺は直します」

 彼は両親を見据え、鋭い視線を向けた。

「ですが、ただ理不尽に騒ぎ立てるおつもりなら、申し訳ありませんが、これ以上光を傷つけさせるわけにはいきません」

 両親は呆然と立ち尽くした。

 しかし、すぐにまた首を横に振り始めた。

「君には分からない、何も分かっていないんだ……」

 私は唐突に笑い出した。自分でも恐ろしくなるような笑い声だった。

「そう、いいわ」私は涙を拭い、颯斗に向き直った。

「指輪のケースを貸して」

 以前から準備していたあのペアリング。私たちを夫婦にするはずだったあの指輪だ。

 颯斗はためらいながらもそれを手渡してくれた。

 私はケースを開け、その中の一つを取り出すと、彼の手を引いた。

「今すぐ指輪を交換しよう。これでもう邪魔なんてさせない」

 父さんの顔が瞬時に青ざめた。

「だめだ!」父さんは飛びかかり、私の手から指輪をひったくった――

 そして、全員が驚愕の目を向ける中、それを口に放り込み、飲み込んでしまったのだ。

 時間が止まったようだった。

「父さん!?」

 父さんは激しく咳き込み始め、顔色が赤から紫へと変わっていく。喉に詰まらせたのだ。それでも彼は口を固くふさぎ、吐き出すのを拒んでいた。

「狂ってるのか!」颯斗が助けようと駆け寄ったが、父さんは彼を突き飛ばし、ありったけの力を振り絞ってその指輪を無理やり飲み込んだ。

 私は呆然と立ち尽くしていた。死んででも、私の結婚を阻止したいというのか。

 滑稽だ。あまりにも馬鹿げている!

 私は背を向けてドアへと歩き出し、颯斗の手を引いた。「行こう。市役所でも、L市でも、入籍できる場所ならどこへでも」

「今邪魔できたとしても、一生私の邪魔なんてできないわよ!」

 私の手がドアノブに触れた瞬間――

 カチャッ。

 硬質な金属音が響いた。

 私は振り返る。

 母さんが祭壇の前に立ち、手に拳銃を握りしめ、その暗い銃口を自身のこめかみに当てていた。

「一歩でも動いたら、撃つわよ」

「神よ……」牧師が床に膝をついて祈り始めた。

 颯斗はすぐに私を庇うように前に立ち、鋭い声で一喝した。

「銃を下ろせ!」

「あの子を引き留めて」母さんの手は小刻みに震えている。

「引き留めてくれたら、下ろすわ」

 私は足の力が抜け、その場にへたり込んだ。

 すべての怒り、すべての絶望が、この瞬間、無力な哀願へと変わった。

「お願いだから、私を解放して……」私の声は消え入りそうだった。

「もう妊娠してるの。三ヶ月なのよ」

 両親は衝撃を受けたように私を見た。

「祝福してなんて言わない」私はむせび泣いた。

「ただ、もう邪魔しないで。子供にちゃんとした家庭をあげたいだけなの」

 沈黙。死のような沈黙が落ちた。

 母さんと父さんが顔を見合わせた。その視線にはあまりにも多くのものが、苦悩、躊躇、葛藤が入り混じっていた。

 やがて、母さんは目を閉じた。

「それでも、この人とは結婚させられない」

 何だって?

「どうして!」私は這い上がった。

「妊娠してるのにどうして駄目なの! ずっと孫の顔が見たいって言ってたじゃない!」

「子供は産めばいい、私たちが育ててやる!」父さんが苦痛に満ちた声で言った。

「だが結婚は駄目だ! 今すぐ彼と別れなさい!」

「狂ってる!」私は金切り声を上げた。

「私たちの言う通りにしないなら」母さんの声が震えている。

「親戚中にあなたたちの会社の住所を教えて、会社に押しかけさせるわよ! 絶対にやるから!」

 颯斗の顔色が沈んだ。

「俺を脅すんですか?」彼は一歩前に出た。その声は氷のように冷たい。

「こんなやり方で脅すと?」

「こうするしかないのよ!」母さんが叫んだ。

「だったら理由を教えてよ!」私はヒステリックに叫んだ。

「もう出鱈目な言い訳で誤魔化さないで!」

 颯斗が突然母さんに飛びかかり、銃を奪おうとした。

「来ないで!」母さんが後ずさる。

 混乱の中、父さんも飛び込んだ。四人が揉み合いになる。

「離せ!」

「離して!」

「光、逃げ――」

 バーン!

 耳をつんざくような銃声が響き渡った。

 世界が静寂に包まれる。

 腕に走った激痛。続いて、生温かい液体が肌を伝い落ちるのを感じた。銃弾が腕を掠め、純白のウェディングドレスの袖を鮮血が瞬く間に染め上げていく。

「光!」颯斗が私を抱きとどめ、傷口を押さえた。

「しっかりしろ、光!」

「光! 大丈夫!?」母さんが銃を投げ捨て、私のそばに膝をついた。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 父さんが震える手でスマホを取り出す。

「救急車だ! 早く救急車を!」

 だが、彼らの言葉は私の耳には届いていなかった。

 私はゆっくりと床に崩れ落ち、血だまりの中にへたり込んだ。床は冷たく、滑らかな大理石が私の蒼白な顔を映し出している。

 私はあのエメラルドの指輪の欠片を見つめながら、泣き笑いの表情を浮かべた。涙と血が入り混じる。

「分かったわ」自分の口から、酷くかすれた声が漏れるのが聞こえた。

 どうして彼らが、いつも私が指輪をはめるのを邪魔しようとしていたのか。その理由が、ようやく分かったのだ。

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