第29章

「ルージュにしよう」

司は栞を一瞥しただけで余計なことは言わず、食事の店をさっさと決めた。

回りくどさがない。

栞はそういう段取りの良さがよほど好きなのか、つい目尻を下げて笑ってしまう。眉もふわりと弧を描いた。

その笑顔を見て、司の薄い唇もわずかに持ち上がる。

二人は後部座席に並んで座り、車内には、時間がゆっくり流れていくような穏やかさが漂っていた。

――けれど、それは一瞬で断ち切られる。

運転手がハンドルを強く切った。激しい遠心力に煽られ、栞の身体が司の胸元へと倒れ込む。

司は彼女を支えたまま、冷えた眼差しで前方へ視線を上げた。

「一ノ瀬社長、割り込まれました!」

運転...

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