第54章

栞の意識はぼんやり霞んでいて、身体にまるで力が入らなかった。

ベッドへ放り投げられ、扉が閉まり遠ざかっていく音を聞いた瞬間、彼女は眉をひそめる。

――ただの誘拐?

そんなはずがない。体内を這い回るような熱が、波になって押し寄せてくる。さっき注射されたものが何で、何のためか。説明なんて要らなかった。

こんな卑劣なやり方……。

神谷家は、根っこから腐っている。あそこが自分の居場所だと信じかけた過去が、今さら滑稽でならなかった。

栞は手に落ちていた刃物を握り、左腕をざくりと切った。鮮やかな赤が、とろり、つうっと垂れ落ちる。痛みが脳を叩き、意識が少しだけ澄む。

周囲を見回した、その瞬間...

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