第94章

立花真淵の動きが、ふいに止まった。

道を一本隔てた雨の帳。その向こう、ギャラリーの軒下に立つ新谷卿華が、一目で視界に飛び込んでくる。

薄手の黒いコート。雨に濡れた髪が数筋、青白い頬に貼りついていた。

卿華はただ静かにそこに立ち、真淵を見ている。唇の端には、目に刺さるほど痛々しい――自嘲の笑み。

立花真淵の心臓を、見えない手がぐっと握り潰したみたいに、ひゅっと縮んだ。

ほとんど反射で傘の柄を左手に持ち替え、長い脚で横断歩道へ踏み出しかける。

「真淵、どこ行くの?」

須藤郁夜が異変に気づき、とっさに真淵の腕を掴んだ。

その一瞬――雨幕を裂くようにタクシーが滑り込んできて、卿華の目...

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