第141章 なくさないで

橘徹は振り返らない。夏目凛に背を向けたまま、顎だけをわずかに傾ける。声はどこかぎこちない。

もともと、こういう些細なことを説明するのは得意じゃない。いざ口を開けば、どうしても刺が混じる。

「夏目凛。橘彩花には何度言った。あの日のあの言葉は、文字どおりの意味だ。勝手に尾ひれをつけたり、ない話をでっち上げたりするな。俺は昔から、後ろ暗いことはしない。誰かに都合よく曲解される筋合いもない」

一拍置く。言い方がきつかった、と自分でも思ったのか、さらに不器用に付け足した。

「……それ、ちゃんとしまっとけ。なくすな」

それだけ言うと、彼は大股で去っていった。

革靴が廊下を打つ音が、すぱっと乾...

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