第172章 愛したことがない?

国分礼二が供述調書を取り終えて部屋を出ると、廊下の突き当たりに夏目凛が立っていた。こちらに背を向け、女性警察官と最後の書類にサインをしている。

礼二はその場に立ち尽くし、彼女の背中を見つめた。

アイボリーのトレンチコート。肩に無造作に落ちた髪。背筋はまっすぐ。

三年前、彼女が国分家に嫁いできた日も、同じ背中だった。少しサイズの合っていない白いワンピースを着て、国分家の門前に長いこと立ち尽くしてから、ようやく一歩を踏み出した。

あのとき、彼は振り返らなかった。

今になって見たくなったのに――彼女は、もう許してくれない。

「凛」

夏目凛のペン先が、ぴたりと止まる。だが振り返らない。...

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