第91章 どうやら君は記憶力があまり良くないようだ

彼が彼女の手首を掴む力が、ふいに強張った。

泣くだろう。喚くだろう。崩れ落ちて、取り乱して、どうしてこんなことをするのかと詰め寄ってくるだろう――。

そういう未来は、いくつも想像していた。

ただひとつだけ、想像していなかった。

こんなにも、静かなままでいることを。

その平静さは、どんな激しい抵抗よりも彼を怯えさせた。

夏目凛は嫌悪に眉を寄せ、手を引き抜こうとする。だが彼の指は鉄の万力みたいに食い込み、びくともしない。

「国分礼二、離して」

声は相変わらず平坦で、ただ事実を告げるだけだった。

「離すかよ!」

ほとんど怒鳴り声だった。目の奥の血走りが、さらに醜く浮き上がる。

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