第89章

「千枝、ちょっと待ってくれ。今は九条社長の秘書なんだろ。これくらいの頼みも聞いてくれないのか」

和也はすぐさま彼女の行く手を遮り、不満も露わに声を荒らげた。

「千枝、俺たちあんなに長く付き合ってきたじゃないか。これまでの情も全部捨てる気か? どうしてそんなに冷酷になれるんだよ」

夜の十時を回っているとはいえ、通りにはまだ人影が多い。

周囲の視線が一斉に集まる。会社の顔に泥を塗るわけにはいかず、千枝は渋々頷くしかなかった。

「……わかった。善処するわ。私はまだ用事があるから、あなたは先に帰って」

言い捨てるなり、千枝は路肩に停まっていたタクシーに乗り込んだ。

「運転手さん、急いで...

ログインして続きを読む