第7章 あなたの物語を語る
中川裕大は自ら車を運転し、原田麻友を原田家まで送り届けた。
車を降りるとすぐ、原田麻友は原田家の隣の別荘に人が出入りし、家具を運び込んでいるのを目にした。中でも最も多いのは医療機器だ。
一番目を引くのは、玄関先に停められた一台の介護車両だった。
中川裕大はそちらを一瞥して言った。「帝京の田村家は、本当に田村玲央を江城市に送り込んできたんだな!」
「田村玲央?」
原田麻友が珍しく興味を示したので、中川裕大は急いで説明を始めた。「田村家の跡取り息子、田村玲央。以前はまさに人中の龍鳳、俺たち若い世代の筆頭だったんだ」
「だが惜しいかな、天は英才に嫉妬する!」
中川裕大は大げさに首を振り、抑揚をつけて語った。「半年前、田村玲央は交通事故に遭って、植物状態になっちまった」
「田村家はありとあらゆる手を尽くしたが、医者の下した結論は、植物状態、脳死、もう助からない、ってことだった」
そう言ってから、彼は慌てて尋ねた。「田村玲央も、もしかして俺の母さんと同じで、離魂症なんじゃないか!」
「違う。彼は先が長くない。治しようがない」
中川裕大は「……」となった。
原田麻友は今や彼の中で大先生クラスの存在だ。彼女が治せないと言うのなら、それは本当に治しようがないのだろう。
中川裕大は田村玲央の別荘の方に向かって一礼すると、原田麻友の後について原田家に入った。
原田家では、原田美紀子を除いて、他の者は皆仕事で出払っていた。
中川裕大は丁重に原田麻友を家の中まで送り届け、原田美紀子にも挨拶をしてから帰って行った。
原田美紀子はその光景に内心驚いたが、深くは問わなかった。
彼女は昨日と今朝の原田麻友の言葉を思い出し、心にいくらかの罪悪感を覚え、娘と良い関係を築こうと考えた。「麻友、こっちへ来てお母さんの相談に乗ってちょうだい。あなたのお兄ちゃんのお見合い相手を選んでいるの」
原田渉の話題が出たので、原田麻友はそばに腰を下ろした。
原田渉は、この家で彼女に最も善意を向けてくれる人物だ。
昨夜水に落ちた時も、彼が飛び込んで助けてくれた。
原田美紀子は手元にあった十数枚の写真を広げ、一人ひとり紹介していく。
「この子は森田グループのお嬢さんで、お兄ちゃんと歳も同じくらい。海外留学から帰ってきたばかりで、綺麗だし、学歴も高いわ」
「こっちは上田家の末の娘さん。お兄ちゃんより七、八歳年下だけど、性格がとても活発で、お兄ちゃんみたいな朴念仁とはちょうど合うと思うの」
「……」
「この子……内田歩美は、日菜と佐藤茜の仲の良い友達なの。以前、佐藤茜と鈴木家の息子さんの婚約の時にこの内田歩美が一度来て、それから彼女たちと親友になったのよ」
「家柄は高くないけれど、とても有能だわ。鈴木家の息子さんのところで長年秘書をしていて、鈴木夫人もこの子のことを私に話していたわ」
「日菜は彼女のことがとても気に入ってるし、お母さんも良い子だと思う」
「あなたはどう思う?」
原田美紀子はどこか期待した様子で彼女を見つめた。
彼女は原田麻友にも自分と同じように内田歩美を気に入ってほしいと願っていた。彼女は未来の原田家の奥様、原田麻友の義姉になる可能性が高いのだから。
娘には嫁と仲良くしてもらいたい、と彼女はやはり思うのだ。
原田麻友はテーブルの上の写真を見つめ、「兄さんと彼女にご縁はない」と言った。
原田美紀子は「……」と表情をこわばらせた。「そういう感情は付き合っていくうちに生まれてくるものよ。何度も会っていれば、ご縁もできるわ」
原田麻友は譲らない。「ご縁がないものはない。どう付き合っても無駄」
原田美紀子は「……」と、心の中で静かにため息をついた。この娘と仲良くしたくないわけではない。
ただ、この娘の性格があまりにも奇妙すぎるのだ。
以前は癇癪持ちで、少しでも気に入らないことがあるとすぐにわめき散らしていた。
今は騒がなくなったが、その性格は一層奇妙になった。
「この女の子、彼女は……」
原田麻友が内田歩美がなぜ相応しくないのか説明しようとした時だった。
原田美紀子は彼女の言葉を遮った。「もういいわ、もういいわ。あなたも半日出かけていて疲れたでしょう。上に上がって休みなさい!」
原田麻友は「……」と、薄い唇をきゅっと結んで立ち上がり、階段へと向かった。
階段の入り口まで来ると、彼女は振り返ってもう一度言った。「あの子は、原田渉には合わない」
そう言い残すと、原田美紀子の表情も構わず、まっすぐ二階へ上がって行った。
……
前回の配信で、原田麻友のフォロワーは増えるどころかかなり減ってしまった。
オンラインのファンは千人しかいなかった。
しかし、今回の配信が始まるやいなや、中川誠司がギフトを連打し始めた。
【風になるが空母を1隻贈りました。】
【風になるが空母を1隻贈りました。】
……
原田麻友が配信しているプラットフォームで最も高価なギフトは空母だ。
このギフトが贈られるたびに、おすすめに表示される。
【南を知りが空母を1隻贈りました。】
【南を知りが空母を1隻贈りました。】
……
ランキング一位を占めたばかりの『風になる』は、あっという間に『南を知り』に追い抜かれた。
その頃、他の配信ルームは大騒ぎになっていた。
どこの配信ルームだ、あれは!
ランキング争いでもあんなやり方は見たことがない!
もう二百万近くは投げてないか!
プラットフォームの視聴者たちが不思議に思うだけでなく、江城市の二代目グループチャットも賑わいを見せていた。
佐藤茜:【@中川裕大、あんた頭おかしくなったの? 原田麻友にギフト投げるなんて、あいつの人気を上げるだけじゃない! 見てよあいつの配信ルーム、あっという間に一万人まで増えてるわよ】
松田凛太郎:【@中川裕大、気になるんだけど、あの『風になる』って誰? まさか俺が思ってるあの人じゃないよな!】
佐藤茜:【誰よ?】
松田凛太郎:【【予想はついたけど怖くて言えない.jpg】】
森田尚弥:【中川夫人、今日目覚めたらしいな。うちの母さんが見舞いに行ったんだ。中川さんがしきりに原田麻友のこと褒めてたって】
佐藤茜:【【理解できない】】
松田凛太郎:【【理解できない】】
森田尚弥:【【理解できない】】
ギフトを投げ終えて満足した中川裕大が、ようやくグループチャットに戻ってきた。
中川裕大:【今日から、原田麻友は俺、中川裕大がケツを持つ】
このメッセージはすぐに取り消された。
中川裕大:【今日から、俺、中川裕大は原田麻友にケツを持ってもらう。彼女が親分で、俺が子分だ。誰か俺の親分にちょっかい出したら、この中川裕大に喧嘩売るのと同じだからな】
佐藤茜:【あんた頭イカれた? 医者には診てもらったの? なんなら私が神経科の先生紹介してあげようか?】
松田凛太郎:【@中川裕大、アカウント乗っ取られてんなら、なんか合図しろよ】
森田尚弥:【@中川裕大、『風になる』って、俺が思ってるあの人?】
中川裕大:【【アホ】】
中川裕大:【お前らとチャットしてる暇があったら、俺は親分の配信ルームで物語を聞きに行くぜ】
原田麻友の配信はすでに始まっていた。
彼女の配信者名は『まゆ』に変わっている。
配信ルームのタイトルは、『あなたの物語を語る』とつけられていた。
「今日の配信テーマは『あなたの物語を語る』です。もし自分の物語を聞きたい方で、配信ルームでのビデオ通話に応じてくださる方がいれば、あなたは自身の過去、現在、未来にまつわる物語を聞くことになるでしょう」
原田麻友の配信ルームは、数百万のギフトが投下されたことで、すでに多くの配信ルームから注目を集めていた。
ネットユーザーが見物に来るだけでなく、一部の配信者まで様子を見に来ていた。一体どんな配信ルームがこれほど羽振りがいいのかと。
物語を語る配信ルームだと聞くと、多くの配信者は察しがついた。
これは明らかに、お嬢様が退屈しのぎに人生体験をしに来たのだろうと。
人気配信者たちはつまらないと感じ、皆去っていった。
おこぼれに預かろうとする一部の不人気配信者だけが、その場に残った。
