第1章

三年前、突如として起こった大災害は全人類に超能力を覚醒させると同時に、『大崩壊』をもたらした。

世界の秩序は崩壊し、強者がすべてを支配する。

そして私、小鳥遊藍は、災害時代で必死に生き抜こうともがく弱者の一人にすぎなかった。廃品回収で食いつなぎ、それでもなお虐げられる日々。

「おい、待て!」

屈強な男が私の前に立ちはだかり、顔には侮蔑の笑みを浮かべていた。

彼が私に指を突きつけると、私はすぐさま両足の力が抜け、なすすべもなくその場に跪かされた。

「災害時代だというのに、お前みたいな無能力者がまだのうのうと生きてやがるとはな!」

彼は歩きながら近づいてきた、つま先で私の顎を持ち上げる。

「見ろよ、その哀れな様を。立つことすら出来ないじゃないねえか」

「お願いです、勘弁してください。これくらいの食べ物しかないです」

私は震えながら言った。

「黙れ!」

男は私のリュックを蹴り飛ばし、数枚のビスケットが転がり出た。

「これだけか? ツイてねえな」

私はどうにか笑顔を絞り出す。

「あなたの超能力は本当にすごいですね。人の両足から力を奪うなんて……」

「フン、物分かりがいいじゃねえか」

彼は得意げに胸を張った。

「分かったならいい。次に見かけたら、俺を避けて通れ!」

「あの……お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

私は心拍数上昇しながらも、恐る恐る尋ねた。

彼の返答に、私の呼吸が止まり、全神経を集中させる。

「佐藤勇剛だ! この名前を覚えとけ!」

佐藤勇……剛? 私は心の中で涙を流した。またも、条件に合わない人が。

彼が私の食料を持って去った後、ようやく体の自由が戻り、私は疲弊した体を引きずって廃神社へと向かった。

そこは私の家と言える場所で、なんとか住めるところだ。

実を言うと、私は『無能力者』ではない。私にも超能力はある——ただ、その能力はまるで神のいたずらだ。

私の超能力は、『佐藤勇』という名前の人物から、その超能力を奪うというもの。必ず『佐藤勇』でなければならず、一文字多くても少なくてもいけない。

残念なことに、大崩壊から三年、私はただの一人も『佐藤勇』という人物に出会えていない。たった今遭遇した佐藤勇剛は、これまでで最も惜しい名前だった。

「おい! 誰だ、そこにいるのは?」

なが音が聞こえ、私は警戒して立ち上がった。

「あっ! 殴らないで!」

一人の少女が慌てて地面にうずくまり、散らばった食品の包装を守っていた。

近寄って見ると、それは非常食の袋だった。物資が乏しいこの時代では、まさに宝物だ。

「あんた、誰? どうして私の縄張りに……」

私の言葉が、不意に喉の奥で詰まった。私を見上げた少女、その顔は……。

「安奈?」

私は自分の目を疑った。

彼女もまた呆然とし、目を大きく見開いて私を見つめている。

「藍ちゃん? 小鳥遊藍? 本当に藍ちゃんなの?」

「安奈!」

「藍ちゃん!」

私たちはまるで馬鹿みたいにその場に立でいる、それから同時に相手に飛びつき、抱き合って泣いた。

安奈。災害前の親友。私たちはもう三年も離れ離れになっていたのだ。

「もう二度と会えないと思ってた!」

安奈はしゃくり上げながら言った。

「災害が始まったあの日、はぐれちゃってから……」

「ずっと探したんだよ」

私は彼女を強く抱きしめる。

「でも見つからなくて、一人で生きていくしかなかった……」

「安奈ちゃんもそうだよ~」

彼女は涙を拭う。その聞き慣れた口調が、たまらなく懐かしかった。

「あちこち彷徨う、何回も餓死しかけたんだ」

私たちは散らばった食べ物を片付けながら、神社に戻った。

安奈は自ら非常食を分けてくれた。この三ヶ月で食べた中で、一番のご馳走だった。

私はビスケットを一口かじり、尋ねた。

「それで、特異現象研究所に捕まってたってこと?」

「うん、超能力の研究のために連れて行かれたの」

安奈は唇を尖らせる。

「あれこれ聞かれて、いろんなテストをさせられて、結局、安奈ちゃんの超能力は『実用価値なし』だって、追い出されちゃったんだよ」

「その研究所って、何をしてるの?」

「超能力と大崩壊の関係を研究してるんだって。世界の滅亡を遅らせる方法を探してるらしいよ」

安奈は肩をすくめる。

「でも、安奈ちゃんは何も知らないし、ただの実験体だっただけ」

私は好奇心に駆られて尋ねた。

「あなたの超能力って、一体何? きっと私のよりは役に立つでしょ」

「そんなことないよ! 全然使えない能力なんだから~」

安奈は手を振った。

「藍ちゃんより、もっと役に立たない能力だからね!」

「私の役立たない?」

私は笑った。

「それはぜひ聞かせてもらわないと。一体どんな能力が、私のより役に立たないっていうの?」

その時だった。一本の水流が私たちの頭上をかすめ、一人の少年がその水流の上に乗り、まるでスケートボードのように滑り抜けていった。いともたやすい様子で。

「ああああん!」

安奈が突然、わっと泣き崩れた。

「どうして他の人の超能力はあんなに強いのに、私は人に『佐藤勇』って名前を付けることしかできないの!」

私の心拍数が上昇、呼吸すらできなくなってしまった。

「今、なんて言ったの!」

次のチャプター