第2章 お兄ちゃん、無条件で許してくれるって言ったじゃないか!
密室の外の廊下は恐ろしいほど静まり返り、暗闇の中、私たちの荒い呼吸音だけが交錯していた。
顔を上げると、ちょうど彼の強張った面差しと、そこに刻まれた幾筋もの痕跡が目に入った。
ひどく恐ろしく、そして……ひどく、艶めかしい。
私が不意に彼の鞭痕に触れてしまったのかもしれない。彼はわずかに眉をひそめ、小さく喘ぎ声を漏らした。
「ごめんなさい!わざとじゃ……!」
慌てて身を引こうとしたが、彼に突き飛ばされる。
「水原玲文!」藤原安の声は刃のように鋭い。「謝罪の一言で、君の所業が帳消しにできるとでも思っているのか?三日間の監禁、終わりのない拷問、そしてあの病的な宣言――私を何だと思っている?私物か?」
彼の言葉一つ一つが、釘のように私の心臓に打ち込まれる。私は震え、涙で視界が滲んだ。
これは私が犯した罪。嫉妬に喰われた水原玲文の、狂気の沙汰だ。
「許されないことをしたと、わかっている……」私の声は嗚咽に途切れ、震える手で着物の広い袖から一枚の黄ばんだ紙を取り出した。「でも……これは……覚えていないの?」
それは幼い頃の誓約書だった。そこには拙い字でこう書かれている。『玲文が何をしても安は許すという誓約書』
十年前、祈願山神社の桜雨の中、七歳の藤原安が真剣な面持ちでこの約束を書き記した。
あの頃の私たちは、まだ家同士の縁談という伝統など知らず、ただ純粋に、ずっと一緒にいられると信じていた。
この誓約書は、ゲーム内元の持ち主である水原玲文が、藤原安を諦めきれなかった決定的な理由の一つでもあり、肌身離さず大切に保管していたものだ。
水原玲文にとって、二人はとっくに一生の約束を交わしていたはずなのに、突如現れたヒロインが、そのすべてを打ち砕いたのだ。
藤原安の視線が誓約書に落ち、表情がわずかに緩む。
彼はその紙を受け取ると、指先で幼い頃の筆跡をそっと撫でた。
「こんなもの……」彼の声は幾分か低くなったが、すぐにまた冷たく硬いものに戻った。「水原玲文、これ以上私が嫌悪することをしないでくれ。君に一片でも理性が残っているなら、私と姫川澄から離れろ」
そう言い残し、彼は背を向けて去っていった。薄暗い廊下に、私だけが一人取り残される。
「ただちに林田町への留学を手配してください!一日も早く!」
私は水原家の屋敷の広間に立ち、家の執事へ命令を下した。執事は驚いたように私を見つめ、突然の決定を理解できないでいるようだった。
「お嬢様、林田町は桜都から千キロも離れております。移動だけでも相当な時間がかかりますし、それに学業のことも――」
「もう決めたことです」私は遮った。「すべての準備を整え、遅くとも明日には出発します」
部屋に戻り、化粧台の前に崩れるように座ると、鏡に映る自分の顔は蒼白だった。私はもう、この世界の法則を完全に理解していた――私は乙女ゲームの悪役令嬢で、藤原安と姫川澄は運命で結ばれた二人なのだ。このままここにいれば、宿命の修正力によって、私は原作通りの悲惨な結末へと導かれるだろう。
「あの二人から離れなくちゃ……」私は喃語のように呟いた。「桜都を離れさえすれば、きっと運命の筋書きから逃れられる」
ゲームのあの恐ろしい結末を思い出す――浄心神社に送られた後、私は絶望の中で毒を仰いで自ら命を絶つ。さらに恐ろしいことに、藤原安は姫川澄と結ばれた後も、私への罪悪感から逃れられず、自らの命を絶ってしまうのだ。
いや、絶対にそんな悲劇は起こさせない。
私は必ず、自分を救ってみせる!
三日後、貴族学院の剣道部の試合が予定通り開催された。
すでにここを離れる準備はできていたが、藤原安が試合に出場するという情報を、水原家が私有する探偵組織を通じて入手していた。最後にもう一度だけ、と私は自分に言い聞かせる。
彼は正式な剣道着に身を包み、威厳に満ちて尊大で、密室でのあの見る影もない姿とはまるで別人だった。剣道着は彼のすらりとした体躯を際立たせ、その眼差しは鷹のように鋭い。これこそが、ゲームの中で数多の少女たちを虜にした王子様の姿だ。
試合前の茶会で、私は藤原安と姫川澄が見つめ合うのを目にした。その眼差しは自信に満ち、揺るぎない。
姫川澄は茶道部の伝統的な衣装を身にまとい、物静かで優雅に、藤原安の放つ雰囲気に寄り添っている。まさに天が定めた一対のようだ。
これが運命の采配であり、私はただ、彼らの恋物語の悲劇のために道筋を整えるだけの脇役にすぎない。
ゲームの中で自分が藤原安に対して行ってきた、密室での監禁や精神的拷問といった数々の残忍な行為を思い出し、私は自分の決断がいかに正しかったかを改めて確信した。
「林田町、私の新しい始まり……」私は静かに呟いた。
旅立つ前の最後の日、私は転学の最終手続きを済ませるため、急ぎ足で学院の廊下を渡っていた。角を曲がったところで、不意に人だかりにぶつかってしまう。
「水原玲文?」
藤原安の氷のような声に、私は全身が強張った。彼はそこに立っており、傍らには貴族仲間たち、そして……姫川澄がいる。
「なぜ剣道部の区域にいる?」彼は警戒心を露わに問い詰める。その目には防衛の色が満ちていた。
「ただの通りすがり……」私は小声で答え、彼の目を直視できなかった。
「おや、水原さん、また探偵を雇って藤原様を監視していたのかい?」一人の貴族の少年が揶揄うように言った。「君の執着心には感服するよ」
私の顔からさっと血の気が引いた。
そうだ、ゲームのシナリオでは、私は確かに大勢の探偵を使い、藤原安の一挙手一投足を監視していた。彼の生活リズムや好みまで把握していたのだ。
その病的なまでの独占欲は、ほとんど周知の事実だった。
姫川澄は傍らに立ち、茶道部の着物を身につけ、表情は平静ながらも警戒心を滲ませている。
雰囲気が極限まで張り詰めた、その時。不遜な声が突如、廊下の向こうから響いた。
「姫川澄はどこだ?」
私たちは一斉に振り返る。そこには、金髪に染めた長身の少年が立っていた――千葉風だ。







