第2章

冬花視点

私の緊張を察したのか、ルビーがぴんと身をこわばらせた。私たちは早足になり、SUVもそれに合わせて速度を上げた。

クソッ! 心臓が激しく脈打つ。私が駆け出そうとした、まさにその瞬間、ルビーが不意に立ち止まった。

彼女はSUVの方を向くと、低くクゥンと鳴いた――でも、その声には今まで聞いたことのない響きがあった。期待。

待って、何なのよ?

黒いSUVがゆっくりと路肩に寄せて止まる。私はいつでも走り出せるように、ルビーのリードを固く握りしめた。けれどルビーはまったく怖がる素振りを見せず――それどころか、興奮したように尻尾をぶんぶんと振り始めた。

車のドアが開く。

降りてきた人物に、私の世界は一瞬で凍りついた。高い背丈、射抜くような瞳、そして数えきれないほどの雑誌の表紙で見た、あの顔。

工藤大輔。芸能界が誇る最もホットなトップ俳優。日本アカデミー賞俳優。

頭が真っ白になった。どうして彼がこんなところに?

けれど、大輔が黒服の男たちを数人引き連れてこちらに大股で歩いてくるのを見て、私はすぐさま現実に引き戻された。彼の顔には怒りが浮かび、その深い青色の瞳は氷のように冷たかった。

「逃げようなんて思うなよ」彼の声は低く、脅迫的だった。「俺の犬を返せ」

私は一歩後ずさり、ルビーが私の足にぴったりと寄り添った。「あなたの犬? 何の話ですか?」

大輔は数歩手前で立ち止まり、私を見下ろした。

「とぼけするな」彼は鼻で笑った。「俺の犬を盗んだんだろう。さっさとオスカーを返せ。今すぐだ」

「この子の名前はルビーです!」私はとっさにルビーを背後にかばった。「それに、何も盗んでなんかいません! 頭おかしいんじゃないですか?」

「ルビーだと?」大輔の声がさらに冷たくなった。「俺の犬の名前まで変えたのか?」

彼は一歩前に出て、その長身が影を落とした。「おい、小娘。俺が誰だか分かっているのか?」

私は怒りで震えていた。ええ、彼が誰かなんて知っている。でも、だからって脅される筋合いはない。

「あなたが有名な映画スターかなんて関係ない! ルビーは私の家族なんです!」

私の声は怒りに震えた。「嵐の夜に私がこの子を保護したんです! ずぶ濡れで、独りぼっちで、助けを求めてた。本当にこの子を愛してるなら、どうして嵐の中を彷徨わせたりできたんですか?」

大輔の目が険しくなった。「泥棒が。俺が電話一本かければ、お前はもうこの街にはいられなくなるぞ」

「泥棒?」私は怒りに任せて笑った。「私を泥棒呼ばわりする権利がどこにあるんですか? 私にはルビーの診察記録があります。治療費だってお金を払ったんです! あなたの証拠は何ですか?」

「証拠?」大輔はジャケットから小切手を取り出した。「証拠などいらん。いくらだ? 百万円で足りるか?」

その小切手をひらひらさせる彼を見つめ、私は怒りで震えた。

「本気で言ってるんですか? お金で何でも買えると思ってるんですか?」私はほとんど叫んでいた。「あなたみたいな傲慢なクソ野郎にルビーは渡しません! 金持ちって皆そう――お金で全部解決できると思ってる!」

私の言葉に大輔はカチンときたようだった。彼はさらに一歩近づいた。「今、俺を何と呼んだ? 俺がオスカーを見つけるためにどれだけ苦労したか分かっているのか?」

「それはあなたの問題でしょ!」私は恐れずに言い返した。「本当に大事に思ってたなら、そもそも迷子にさせたりしない! ルビーは今、幸せなんです。自分の犬を失くすような無能な飼い主なんて必要ありません!」

「ふざけるな――」大輔が爆発しかけたが、ふと言葉を切った。

彼は深呼吸を一つして、ルビーに視線を落とした。「いいだろう。証明してやる」

「オスカー」大輔は不意に、優しく呼びかけた。「こっちへおいで」

ルビーはすぐに顔を上げ、その表情は一変した。興奮と愛情のこもった目で大輔を見つめると、彼に向かって歩き始めた。

「ダメ!」私はリードを強く引いた。「ルビー、おすわり!」

けれどルビーは苦しそうな目で私を振り返り、大輔と私の間でためらいながら、悲痛な声でクンクンと鳴いた。

「オスカー、おすわり」大輔が命じた。

ルビーはすぐさま、専門的な訓練を受けたかのような完璧な姿勢で座った。続いて大輔が言った。「お手」

ルビーはためらうことなく右前足を差し出した。

私の心は、ずしりと沈んだ。それは私がルビーに教えたことのないコマンドだった。

「そんな……」私は震える声で言った。「ありえない……」

大輔はルビーの元へ歩み寄り、しゃがみこんで優しくその頭を撫でた。ルビーはすぐに彼の手に嬉しそうに鼻をすり寄せた――その親密さは、偽物であるはずがなかった。

「もっと証拠が必要か?」大輔は立ち上がり、スマートフォンを取り出して写真アルバムをスクロールした。「これを見ろ」

私は震える手でスマートフォンを受け取った。画面には、子犬の頃から今に至るまでのオスカーが映っていた。小さなゴールデンレトリバーの子犬が、徐々に成長し、現在の大きさになるまで。どの写真も、彼女の身元をはっきりと証明していた。

「それにこれだ」大輔はオスカーの左耳を持ち上げた。「ハート型の痣。オスカーだけの目印だ」

慌てて確認すると、確かにオスカーの耳の内側に、かすかなハート型のマークがあった。ずっと世話をしてきたのに、私は全く気づかなかった。

「ああ……」私の声はかすれた。「本当に、知らなかったんです……」

大輔は静かに私を見ていた。彼の怒りはゆっくりと薄れていくようだった。「じゃあ……本当に彼女を保護したのか?」

私は頷き、涙がこぼれ始めた。「嵐の夜、彼女が私の車の前に立って動かなかったんです。野良犬だと思って……家に連れて帰って、治療を受けさせて、持っていたお金を全部使って……」

オスカーは私が泣いているのを見ると、すぐに駆け寄ってきて私の足に鼻をこすりつけ、心配そうにクンクンと鳴いた。

大輔の表情が複雑なものに変わった。「彼女……本当に君を好きだな」

私は涙をこらえて立ち上がり、大輔にリードを手渡した。「連れて帰ってください。この子はあなたの犬です」

大輔はリードを受け取ったが、オスカーは名残惜しそうに、何度も私を振り返った。

「行こう、オスカー」大輔は優しく言った。

大輔がオスカーを抱えてSUVに向かうにつれて、私の心は完全に砕け散った。

車のドアが閉まろうとした、まさにその時、大輔が不意に振り返った。彼は戻ってきて、私にあの百万円の小切手を差し出した。

「これは……礼だ」彼は気まずそうに言った。「オスカーの世話をしてくれた」

私は呆然とした。「いりません――」

「受け取れ」大輔の口調は有無を言わせなかった。「君は彼女にお金を使った。当然のことだ」

そう言うと、彼は振り返ることなく立ち去った。

車のドアが閉まる。窓越しにオスカーが必死に私を見つめ、前足で絶えずガラスを引っ掻いているのが見えた。

やがて車は走り出し、あっという間に白浜通りの向こうへと消えていった。

私はその小切手を握りしめたまま、まるで最愛の家族を売り払ってしまったかのような気持ちで、そこに立ち尽くしていた。

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