第1章

 私はローブの帯をきゅっと引き、黒と金の刺繍が施された絹を肩から滑り落とした。冷えた床の上に、とろりと落ちて溜まる。

 濃い深紅のフランス製レースは、ほとんど透けているも同然だった。信じられないほど細い黒いストラップが腰に食い込み、ガーターベルトの冷たく硬い金具が、太ももの付け根の白い肌にかすかな痕を残す。

 ほんの数時間前まで、私はまさにこの「鎧」をまとって、今年の東都ランジェリーコレクションのランウェイの締めを飾っていた。

 世界中で少なくとも五千万人の男が画面に釘付けになり、私のくびれと脚に涎を垂らしていたはずだ。きっと、ガラス越しにでも手を伸ばせたらと願いながら。

 けれど、私の夫は? まるで違う。

 裸足のまま床板を渡り、廊下の突き当たりにある主寝室へまっすぐ向かった。

 結婚式から、ちょうど一年。

 桐生陸が祭壇の前で私を置き去りにし、東都のマスコミの容赦ない砲火にさらされたとき――逃げた甥の尻拭いを、無表情のまま引き受けたのは桐生蒼真だった。陸の叔父である彼が、前へ出たのだ。

 世間はそれを、スキャンダルを避けるための偽装結婚だと呼んだ。間違ってはいない。この一年、二人きりの部屋で私がどれほど挑発しても、すべて彼の氷の壁に跳ね返されただけだった。指先で触れることすら、彼は拒んだ。

 今夜、ついに私の我慢がぷつりと切れた。

 彼の部屋の前で立ち止まると、ノックすらせずにドアを押し開けた。

 物音に、ちょうどバスルームから出てきた蒼真が、髪をタオルで拭う途中で固まった。

 濃い灰色の絹のローブは緩く結ばれているだけで、はだけた胸元から彫刻みたいな胸板と、危険なほど深いV字のくぼみが覗いていた。一滴の水が喉元を伝い、私が幾夜も妄想してきた硬い起伏に吸い込まれるように消えていく。

 私はドア枠にもたれ、彼を見つめた。喉がからからに乾く。

 薄暗い部屋の向こうで、蒼真の視線が私をなぞり、ほとんど露わな肩と深紅のレースに落ち着いた。

 ほんの一瞬、彼の目が危うく濁る。

「ここで何をしている」声はいつもの警戒の氷を含んだまま――ただ、かすかな、思わず漏れたような掠れがそれを裏切った。

 逃げ道など与えない。一歩で距離を詰め、彼のむき出しの胸にぶつかるように身を寄せ、襟元を掴んで乱暴にはだけさせた。

 冷たい私の手のひらが、熱を帯びた硬い中心にぴたりと貼り付く。身を乗り出し、透けるレースと素肌を、わざと彼に擦りつけた。

 指先が、彼のV字の縁に深く食い込む。

「あなたと寝に来たの」私は顎を上げ、彼の視線を逃さず見返した。

 杉のような清冽な香りが弾ける。私の手の下で蒼真の身体が強張り、薄闇の中で瞳が大きく見開かれた。挑発された獣のように、ぎりぎりまで張り詰めている。

 このまま理性が切れて――ドアに押しつけられ、めちゃくちゃにされる。

 そう思った、その瞬間。

 彼は目を閉じた。

 次に開いたとき、さっきまでの狂気は消えていた。痛ましいほどの制御の壁の奥へ、押し殺されている。

「ただ発散が必要なだけなら、対応できる」声の生々しい掠れが、言葉とは裏腹に彼の動揺を露わにしていた。

 彼は軽い力で私の手首を掴み、体から剥がすように引き離した。半歩下がって背を向けると、ナイトテーブルの引き出しを開ける。

 取り出したものを見た瞬間、頂点までせり上がっていた欲望が、絶対零度の氷にぶつかって砕けた。

 彼の指に挟まれていたのは、未開封の医療用シリコン製指サックだった。

 必死に抱きしめてくることもない。獣みたいに奪うキスもない。彼はただベッド脇に立ち、目はすでに死んだような平静へ戻っていた。半裸の妻を見ているのではなく、素手で触れてはいけない危険物でも扱うかのように。

 またこれ。

 どれだけ服を脱いで挑発しても、返ってくるのはいつだって、この腹立たしいほど事務的で、理屈だけの対応――それだけだった。

 屈辱と暴力的な怒りが頭まで駆け上がる。私はそれを彼の指からひったくり、鍛え上げられた胸板に叩きつけた。

「対応、ですって?」苦笑が喉の奥から漏れた。屈辱で声が震える。「蒼真、不能なら不能って言えばいいでしょ! ただイきたいだけなら、繁華街にいくらでも男は並んでる。こんなふうに上から目線で恵んでやるみたいに扱われる筋合いはない!」

 薄闇の中で、蒼真の黒い瞳孔が針の先みたいに縮む。

 今にも丸ごと食い尽くされそうなのに、彼の両手は脇で白くなるほど握り締められ、浮いた血管が張り詰めを物語っていた。

 喉仏が大きく上下する。「千鶴、そういう意味じゃない」掠れた声が絞り出される。

 それでも、彼は前に出てこない。たった半歩も。

 私をベッドに投げ倒しもしないし、両手で顔を包んでキスを落としもしない。

「……もういい」

 鼻で笑い、隠すことすらせずに踵を返した。振り返りもしないまま歩き去り、背後で重いドアを叩きつけるように閉める。

 自分の部屋に戻ると、私は一直線にバーカウンターへ向かい、ウイスキーをグラスに注いでロックで飲んだ。

 琥珀色の液体の鋭い刺激が喉を焼く。それでも頭の中にこびりついた息苦しい苛立ちの塊は、少しも消えない。

 さっき、私の肌が彼に触れた瞬間、筋肉の制御できない緊張が伝わってきた。隠しきれない獣性が、目の奥に揺れていた。

 私に何も感じていないはずがない。

 それなのに、どうして、どうして蒼真は私に触れようとしない?

 結婚当初、距離を置くのがスキャンダル避けだというなら、まだわかる。けれど、もう一年だ。

 馬鹿みたいに歪んだ家族への忠誠心? 私が甥の元婚約者だから、完全に手出し禁止だとでも?

 私は頭を反らし、もう一口流し込んで、冷たい嘲りを漏らした。

 違う。蒼真みたいな頂点に立つ捕食者、金融界で裏から糸を引くことに慣れた男が、欲しいものがあるのに道徳だの規範だので引き下がるはずがない。

 ――となると。

 ふと、ある考えが突き刺さり、グラスの中で渦を巻いていた氷の動きがぴたりと止まった。

 陸の母親が夕食の席で、何気なく零した愚痴を思い出す。

 蒼真が長年独身を貫いてきたのは、手に入らない女をずっと想い続けているからだと。執念のように残る過去の女――あの冷酷な桐生蒼真を飼い馴らした、たった一人の存在。

 彼の禁欲的な聖人ぶった態度は、くだらない道徳観のせいなんかじゃなく、その誰かのために「純潔」を守るという歪んだ執着から来ている?

 このセックスレスの結婚は、家の連中を黙らせるための、都合のいい小道具でしかない?

 そう合点がいった瞬間、腹の底のウイスキーが火を噴いた。屈辱の残り滓を、灰にまで焼き尽くすように。

 その代わりに胸の奥を満たしたのは、骨まで沁みる冷え切った明晰さと、絶対的な怒りだった。

 私は裸同然になって、誇りの最後の一滴まで彼の前に投げ捨てたのに――彼は私を、別の女への忠誠を証明するための飾りにしていた?

 ふざけるな。

 私は空になったグラスを大理石のカウンターに叩きつけた。乾いた鋭い音が、人気のない部屋に反響する。

 一生、過去の女に忠誠を誓っていればいい。

 いいわ、蒼真。私はもう、付き合わない。

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