第1章

土曜日の朝、七時半。磨き上げられたステンレスのキッチンカウンターに、柔らかな陽光が筋を描いていた。

私は九歳になる一人娘の渡辺美咲のために、オーガニックのブルーベリーを混ぜ込んだパンケーキを焼き、搾りたてのオレンジジュースをグラスに注ぐ。

完璧なキッチン。完璧な朝食。完璧な、家族。

「お母さんのパンケーキ、世界一だよ!」

カウンターの椅子に腰掛けた美咲が、嬉しそうに足をぶらぶらさせた。

その無邪気な笑顔に微笑み返しはしたものの、胸の奥には硝子の破片が突き刺さったような、空虚な痛みが広がっていた。結婚して十六年。この息の詰まるような機械的な完璧さに、私はとっくに疲弊しきっていたのだ。

その時、ドタドタと慌ただしい足音が階段を駆け下りてきた。夫の渡辺涼介が、ネクタイを締めながらリビングに飛び込んでくる。片方の手にはスマホが握られ、その視線は画面に釘付けだ。

「悪い、静香。急な仕事で今から出なきゃならん。美咲の試合、顔だけは出すようにするから」

私は思わず眉をひそめた。また、仕事。

「仕事なんだから仕方ないだろ」

涼介は私の額に素早く唇を押し当てると、テーブルの上の車のキーをひっつかんだ。

そのキスは、いつものように機械的だった。まるで、膨大なタスクリストの項目を一つ、無感情にチェックするかのように。

「大丈夫だよ! 綾子先生がね、私のために特別な練習メニュー、考えてくれてるんだって!」

美咲が突然ジュースのグラスを置いた。

青木綾子。その名前を口にした時の、娘の弾けるような笑顔。いつからだろう。この子は両親と過ごす週末より、サッカーコーチに会うことに胸を躍らせるようになったのは。

午前九時、南良少年サッカー場。青々と茂る芝生のフィールド脇には、高級SUVがずらりと列をなし、母親たちが持ち寄った折り畳み椅子を囲んで、井戸端会議に花を咲かせている。

さあ、始まる。成功した不動産デベロッパーの妻、渡辺静香を演じる時間だ。私は長年のPTA活動や町内会のバーベキューで完璧に磨き上げた、当たり障りのない笑みを顔に貼り付けた。

「涼介さん、不動産業界で本当に波に乗ってるわねぇ」

高橋梨沙が、探るような視線で言った。

「ええ、最近すごく頑張ってるみたい。時々、ほとんど顔も見られないくらいなのよ」

無理やり声に熱を込めた自分が、ひどく惨めに聞こえた。いつから私は、夫の不在を嘆く、哀れな妻の一人になってしまったのだろう。

「美咲ちゃんは本当に天性の運動神経ね!」

振り返ると、チームのコーチである青木綾子がこちらへ歩いてくるところだった。年は二十八歳。日に焼けた肌にブロンドのポニーテールが揺れ、タイトなアスレチックウェアが引き締まった身体のラインを強調している。

私が主婦という役割に埋もれるためにキャリアを捨て去る前の、かつての自分の姿を見ているようだった。元名門大学女子サッカー部のスター選手で、このコミュニティの父親たちの密かな憧れの的。

「きっと、お父さん譲りなんでしょうね」

青木綾子の微笑みは、どこか不自然に私の目に映った。

まただ。涼介の名前を口にした時の、あの微かな頬の紅潮と、ほんの少し上擦る声。マーケティングで培った私の勘が、何かを見過ごすなと警鐘を鳴らしていた。

十時十五分、試合開始のホイッスルが鳴り響く。だが私の意識は、ピッチを駆ける娘ではなく、サイドラインに立つ青木綾子の言動を観察することに注がれていた。

集中しなさい、渡辺静香。考えすぎよ。彼女はただ、成功した保護者に敬意を払っている、熱心な若いコーチなだけ。

その時、美咲が鮮やかなドリブルでディフェンスを突破し、ゴールネットを揺らした。見事なシュートだった。

けれど、娘は私の元へは走ってこなかった。代わりに、一直線に綾子先生の元へ駆け寄り、その胸に飛び込んでいったのだ。

いつから私は、たった三ヶ月前に現れたコーチに次ぐ、二番目の存在になったのだろう。認めたくない感情が、心臓を冷たく締め付けた。

「今日はみんなよく頑張ったわね! 保護者の方々の中にも、ユーススポーツを本当に理解して、支えてくださる方がいるのは素晴らしいことよ!」

青木綾子は子供たちに向かってそう叫んだ後、何人かの輪の中でこう話しているのが聞こえてきた。

「特に美咲ちゃんのお父さんは、本当にサッカーをよく理解してらっしゃるのよ」

待って。なぜ彼女が、涼介がサッカーを理解しているなんてことを知っているの? 彼がコーチと戦術論を交わしたなんて、一度も聞いたことがない。いったい、いつ、どこで、そんな話をする時間があったというの?

押し殺してきた不安が、黒い塊となって喉元までせり上がってくる。

「お母さん、今度、綾子先生を夕食に呼んでもいい?」

駆け寄ってきた美咲が、期待に満ちた瞳で私を見上げた。その純真な眼差しに、私の胃はきりりと痛んだ。

いつから私の娘は、大人をディナーに招待するようになった? そしてなぜ、よりにもよって、青木綾子を?

「そうね、考えておくわ」

平静を装って答えるのが精一杯だった。心の中では、何かがガラガラと崩れ落ちる音がしていた。

午後十二時半、帰りの車の中。スマホの通知ランプが点滅した。「南良少年サッカーママたち」のグループチャットだ。誰かが今日の試合の写真を投稿したらしい。

一枚、また一枚と、画面をスワイプしていく。その指の動きに合わせて、胸のざわめきは大きくなるばかりだった。

そして、私の指が画面の上で凍りついた。

ある一枚の写真。その背景の隅に、涼介と青木綾子が、親密そうに寄り添って話し込む姿が写り込んでいた。涼介の手は彼女の肩に置かれ、二人の間の距離は、ただの保護者とコーチのそれとは到底思えなかった。

画面には、次々と無邪気なメッセージが流れ込んでくる。

『渡辺さんって、本当に熱心なパパよね!』

『娘のために、そこまでするお父さんもいるのね!』

『綾子先生も、こんなに協力的な保護者がいてラッキーだわ!』

私の手は、カタカタと震え始めた。これはいつから? このコミュニティ全体が私の陰で囁き合っている間、私はどれだけの時間、何も知らない愚かな妻を演じていたのだろう。

視線を上げた、その時だった。

黒いテスラモデルS――涼介の車だ。

間違いない、涼介の車……でも彼は言ったはずだ……。

仕事の緊急案件。都心のオフィス。土曜の朝の危機。彼の吐いた嘘が、苦い味となって口の中に広がった。

メールを送ればいい。いつ帰るのか尋ねるだけ。ごく普通の妻の振る舞いだ。もしかしたら、本当に、彼は……。

スマホの画面に指を滑らせながらも、それが藁にもすがる思いでしかないことは、自分がいちばんよく分かっていた。

その瞬間、私は、すべてを打ち砕く光景を目撃してしまった。

駐車場の隅に停められた青木綾子の赤い車の傍らで、見慣れた人影が、乱れたシャツの裾をズボンに押し込んでいた。

涼介。

いや。いや、そんなはずがない。こんなことがあっていいはずがない。

彼は青木綾子の車から降りると、素早く周囲を見回し、誰もいないことを確認してから、自分の車へと足早に向かった。続いて、運転席から青木綾子が降りてくる。その顔は満足げに紅潮し、唇には、勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。

十六年。私たちの結婚生活、十六年という歳月が、こんな形で……。

「お母さん、顔色が悪いよ。大丈夫?」

美咲が心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「……ちょっと疲れただけよ、美咲。おうちに帰りましょう」

私はハンドルを強く握りしめ、かろうじて震える声を絞り出した。

家に帰る? 何のために? さらなる嘘を浴びせられるために? 夫が娘のコーチと情事に耽っている間、何もかもが順調なふりを続けるために?

エンジンをかけると、ここ数ヶ月間のすべてのピースが、一つの醜い絵を完成させた。涼介の週末の「緊急出勤」、美咲の秘密めいた「追加練習」への異様な興奮、涼介の名前が出た時の青木綾子の不自然な輝き、グループチャットの意味ありげなコメント……。

私は、嘘で塗り固められた舞台の上で、完璧な妻を演じていただけだったのだ。

そして、何よりも大切な私の娘――あの子は、知っていたのだろうか。二人の逢瀬を、手伝っていたのだろうか。あの無邪気な夕食への招待も、特別な練習セッションも、すべては……。

その気づきは、腹を殴りつけられるような物理的な衝撃となって私を襲った。私は夫を失うだけではない。このままでは、娘さえも失ってしまうかもしれない。

十六年間の結婚生活は、ある晴れた土曜の午後に、粉々に砕け散った。

そして、その事実を最後に知ったのは、私だった。

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