第4章
月曜日の午後。私たちは南良小学校からの帰路についていた。
「お母さん、綾子先生がね、私のこと一番見込みがある選手だって!」
後部座席のチャイルドシートでぴょんぴょんと体を弾ませながら、美咲は宝物のようにリュックを胸に抱きしめている。
「個人レッスンしてくれることになったの」
爪が食い込むほど、強くハンドルを握りしめた。
「個人レッスン? いつから? そんな話、申し込んだ覚えはないけど」
車内に、一瞬の沈黙が落ちる。
「えっと……お父さんが手配してくれたの」
美咲の声が、蚊の鳴くように小さくなる。
「サプライズだから、正式に決まるまでは言っちゃだめだって……」
正式に、ね。まるで夫が、家庭の崩壊という名の取引でも交渉しているかのような、その響きに吐き気がした。
「どんなサプライズなのかしら、美咲」
「ただの……特別練習だよ。お父さんが言うには、私には才能があって、綾子先生ならそれを引き出す方法を知ってるんだって」
私は家の前の車寄せに、滑るように車を停めた。胸の中で怒りと悲しみが沸騰し、今にも張り裂けそうだった。涼介はただ浮気をしているだけではない。計画的に、私たちの娘を共犯者に仕立て上げているのだ。
キッチンに入ると、美咲は九歳児らしい無頓着さで、アイランドカウンターにリュックを放り投げた。教科書やプリントが床に散らばり、その中にあったあるものが目に留まり、私は息を呑んだ。
高級ブランドの、真新しいサッカースパイク。値札がついたままだ。剥がされていないタグには、二万七千円という数字が印字されている。
「美咲、このスパイクはどうしたの。ずいぶん高かったでしょう」
「綾子先生がくれたの!」
美咲は誇らしげに顔を輝かせた。
「チャンピオンには、ちゃんとした用具が必要なんだって」
私はその靴を、まるで凶器でも検分するように持ち上げた。隣には、同じく値札がついたままの、高価なトレーニングウェア一式が置かれている。それぞれの品には、可愛らしい文字でこう書かれたステッカーが貼られていた。
『綾子先生より愛をこめて』
「これはとても高価なものよ、美咲。こんな贈り物、本当にいただいていいのかしら」
美咲の顔が、わずかに曇った。
「でも、綾子先生は私が頑張って手に入れたものだって。それに、お父さんも――」
「お父さんは、なんて言ってたの」
私は静かに問い詰めた。
「……綾子先生が、私の足に一番いいものを選んでくれたんだって」
美咲は視線をさまよわせた。私の娘は、私を欺くための駒として、着々と仕込まれていたのだ。
「美咲、本当のことを言ってほしいの。これを買ってくれたのは、お父さんなの?」
娘は椅子の上でもじもじと身をよじり、突然、目の前の御影石のカウンタートップの模様に夢中になったかのように視線を落とした。
「お父さんは……綾子先生が、私の足に一番いいものを選んでくれたんだって言ってた」
「でも、どうしてお父さんは、綾子先生からもらったって言うように言ったのかしら」
返事はなかった。ただ、ぶらぶらと揺れる彼女の足が、キャビネットの扉にこつん、こつんと当たる乾いた音だけが、キッチンに響いていた。
午後六時。私たちは美咲の部屋で、宿題の時間と格闘していた。ピンク色の壁は、サッカーのトロフィーや、涼介と一緒に写った試合の写真で埋め尽くされている。
「綾子先生のこと、本当に尊敬してるのね」
「うん、すごいの! サッカーだけじゃなくて、人生のことまで何でも知ってるんだよ。男の子のこととか、そういう相談にも乗ってくれるし」
美咲の瞳が、クリスマスの朝のように輝いた。
手の中の鉛筆が、ぱきりと音を立てて折れた。
「男の子について、どんなアドバイスを?」
「ああ、ただ……どうすれば自信が持てて可愛くなれるか、とか。先生みたいに、大きくなったら男の子にモテモテになるって言われたの」
美咲はくすくす笑い、それから真顔になった。
「先生は何でも知ってて。時々、思うんだ……」
「時々、先生みたいな人がずっとそばにいてくれたらなって。スポーツとかおしゃれとか……それに、大人のことも分かってくれる人が」
彼女のような人。私では、なく。夫の愛人は、私が退屈で時代遅れの『お母さん』であり続ける一方で、自分をクールで物分かりのいい憧れの存在として、まんまと娘の中にその地位を確立したのだ。
「ねえ、美咲。お父さん、最近なんだか変わったと思わない? 前より楽しそう、とか」
彼女は眠そうに頷いた。
「お父さん、綾子先生にすごく優しいの。先生、アパートのことで困ってたみたいで、お父さんがもっといい場所を探すのを手伝ってあげてた」
心臓が、一瞬止まった。
「そうなの? どんなことで困ってたのかしら」
「詳しくは知らないけど、お父さんが言ってた。大人は時々、友達に助けてもらう必要があるんだって」
彼女は無邪気に信頼しきった様子で、小さくあくびをした。
「お父さん、人の問題を解決するのが得意だもんね」
問題。例えば、若い愛人が川の見える高級アパートを借りるために、経済的な支援を必要としている、とか。
「それで、それは……お父さんの親切なところだと思う?」
「うん。綾子先生、すっごく感謝してた。お父さんのこと、輝く鎧を着た騎士様みたいだって」
美咲は、おとぎ話のような言葉遣いにくすくす笑った。
「先生、きっと私たちの家族のことが大好きなんだと思う」
私たちの、家族。
私が部屋を出ようとした、まさにその時だった。美咲の声が、氷の刃のように私をその場に縫い付けた。
「お母さん、もし綾子先生が私たちと一緒に住むことになったら、いいかな? 先生、家族がいないんだって」
私はドアの枠を掴んだ。世界が、ゆっくりと傾いでいくのを感じた。
「どうして、それがいい考えだと思うの、美咲」
「お父さんが言ってた。時々、特別な人が加わると、家族はもっと大きくなれるんだって。それに、綾子先生がいると、お父さん、すごく笑うんだもん」
彼女は再びベッドの上で生き生きと身を起こした。
「それに、毎日私の練習を見てくれるかもしれないし! 私たち、まるで……まるで本当のサッカー家族みたいになれるよ!」
その声に含まれた純真さが、私の胸を深く、深く抉った。娘は、何か美しいものを創造していると信じ込みながら、自らの家族の解体を計画していたのだ。
「お父さんが……お父さんが、綾子先生が私たちの家族に加わるかもしれないって、言ったの?」
「はっきりとは言ってないけど。でも、特別な人には、私たちの人生の中に特別な場所があってしかるべきだって言ってた」
彼女は一瞬ためらい、そして、最後の一撃を放った。
「綾子先生って、私の……第二のお母さんみたいになれるかな? きっと、すごく上手だと思うな」
第二の母。私は戸口に凍りついたまま立ち尽くし、娘が期待に満ちた笑みを浮かべるのを見ていた。彼女は、私に自分の後釜を歓迎してくれと頼んでいることに、全く気づいていないのだ。
「そうね……どうなるかしらね、美咲」
私は彼女の額にキスをした。自分の涙の味がした。
家は静寂に包まれ、私は一人リビングルームに座り、飾り棚に並べられた家族の思い出の写真を眺めていた。
携帯が震えた。涼介からだ。
『愛してる。もうすぐ会える』
私はそのメッセージを凝視した。その間にも二階では、娘が父親の愛人を家族に迎え入れる夢を見ている。私たちの生活のあらゆる面で、私を計画的に排除しようとしている、まさにその女を。
涼介はただ浮気をしているだけではない。これは、敵対的買収だ。私たちの娘を、内部のスパイとして利用した、狡猾な乗っ取り計画。そして美咲は、九歳の無垢さゆえに、自分が知る唯一の人生を、彼が引き裂くのを手伝っていた。
何よりも残酷なのは? 彼女は、自分が良いことをしていると信じきっていることだ。綾子先生がお父さんを幸せにするのなら、お父さんの幸せが家族をより良くするのなら、綾子先生は私たちと一緒にいるべきだ、というのが彼女の子供らしい論理だった。この方程式の中に、私とあの女が共存する余地などないことに、彼女は気づきもしないのだ。
私は携帯を脇に置き、暗闇の中に座り、家が周りで息をする音に耳を澄ませた。
二階では、娘が完璧なサッカー家族の夢を見て、安らかに眠っている。廊下の向こうでは、涼介が使うはずのベッドの片側が、冷たく空いたままだ。
そして私はここに座っている。捨てられた妻。この家族をめぐる戦いで、私はすでに最も重要な砦を失っていたのだと、悟りながら。私自身の娘は、戦争が起きていることすら知らずに、とうの昔に敵の側についてしまっていたのだ。
それは、自分の子供が、私たちの人生から私を消し去るための、彼の無意識下の共犯者になっていくのを、ただ見ていることだった。






