第3章
母は私をきつく抱きしめ、頬に涙を伝わせた。
「知世! あの方たち、あなたに何をしたの?!」
父は蓮に向き直り、失望と怒りに満ちた目を向けた。
「蓮君! 君は私たちの前で土下座して、一生大切にすると誓ったじゃないか! だからこそ娘を託したんだ! これが君の守り方なのか?!」
私は最後の藁にもすがる思いで、必死に母の腕にしがみついた。
五年前の結婚式の日、母は私の手を握り、張り裂けんばかりに泣きながら言ったのだ。『もし辛いことがあったら、いつでも帰ってきなさい——私たちは、いつだってあなたを待っているから』と。過去二回の流産のことは、両親には一切話していなかった……。心配をかけたくなかったし、私が不幸だと知れば悲しむと思ったから……。毎回、私は笑顔を作って誤魔化してきた。
『私は元気よ、蓮もすごく愛してくれているし……』
だが今回ばかりはもう耐えきれず、前もって両親に助けを求める電話をかけていたのだ。
お父さんとお母さんが来てくれれば、私のお腹の赤ん坊は助かる。そう信じていた。
しかし、姑の美晴子は優雅な足取りで近づいてくると、礼儀正しくも氷のように冷たい微笑を浮かべた。彼女は私の両親に身を乗り出し、二人にしか聞こえないような小声で何かを囁きながら、屋敷の裏手にある小さな礼拝堂へとスッと指を向けた。
母の体が、ビクッと強張った。
ゆっくりと、礼拝堂の方へ首を向ける。その表情が一変した——怒りと悲痛が瞬時に凍りつき、代わりに、私がこれまでに見たこともないような複雑な感情が浮かび上がったのだ。
「お母、さん……?」
胸の奥に不吉な予感が渦巻き、私はひそやかな声で呼んだ。
母は、私を抱きしめていた手を離した。
そして、一歩後ずさる。
私を見つめるその目には、もはや胸を痛めるような怒りはなく、もっと深く、底知れぬ感情が渦巻いていた——私には到底理解できない感情。彼女の声は掠れ、ひどく強張っていた。
「知世……その子は、堕ろしなさい」
私は息を呑んだ。
聞き間違いかと耳を疑った。
「お母さん……今、なんて言ったの?!」
母は顔を背け、私と目を合わせようとしないまま言葉を紡いだ。
「その子は……産んじゃ駄目なの。お母さんの言う通りにして、病院へ……」
私は母の前にすがり寄り、その両手をつかんだ。
「お母さん! 私を見て! 何を言ってるの?! 私の子なのよ! お母さんの孫じゃない! なんでそんなひどいこと言うの?!」
母は私の手を激しく払いのけ、金切り声を上げた。
「あなたには分からないのよ! その子は……この世に生を受けてはいけないの! 絶対に!」
異常なまでに取り乱す母の姿を見て、父はあの不気味な礼拝堂へと視線を移した。その瞳に葛藤と恐怖が入り混じる。やがて、父は深くうなだれ、ひねり出すような掠れ声で言った。
「知世……すまない……その子は……諦めてくれ……」
私はよろめきながら後ずさった。溢れ出す涙で、視界が歪む。
「どうして?! 二人は私の親じゃない! この世界で唯一、私を傷つけないって……どうして……!」
私は再び母に飛びつき、爪が食い込むほど強くその腕を握りしめた。
「お母さん! あの女に何を言われたの?! あの礼拝堂に何があるの?! 教えてよ!」
母はただ、首を横に振るばかりだった。
血が滲むほど唇を噛み締めている。
大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていく。
それでも、彼女は一切口を開こうとしなかった。
傍らに立つ美晴子の口角が、満足げに吊り上がった。
私はその場に泣き崩れ、絶望のあまり母の足にすがりついて叫んだ。
「お母さん! お願い! この子は私の最後の希望なの! もう二度も失ってる、三人目まで奪われたくない! お腹の孫に免じて、本当のことを教えて! 一緒にどうにかしようよ!」
母の体はガタガタと激しく震え、その涙が私の頬に落ちてきた。それでも彼女は固く目を閉じ、決して私を見ようとはしなかった。
背後から蓮が近づき、しゃがみ込んだ。
身の毛がよだつほど優しい声が、耳元で響く。
「知世、もう我儘はよそう。お義父さんもお義母さんも、君のためを思って言っているんだよ。この子は……どうしても駄目なんだ」
私は勢いよく振り返り、骨の髄まで染み込んだような憎悪を込めて彼を睨みつけた。
「近寄らないで! この卑怯者! あなたは父親失格よ! 人間のクズ!」
蓮の顔から、スッと表情が消え失せた。
彼は立ち上がり、護衛の男たちに顎で合図を送る。
二人の男が進み出て、私を無理やり引き剥がした。必死に身を捩りながら、夜の闇を引き裂くような悲鳴を上げる。
「嫌——! 離して——! お母さん——! お父さん——! 助けて——!」
母は小刻みに震え続けていたが、最後まで振り返ることはなかった。
蓮が近づいてきて、床に押さえつけられた私を無表情で見下ろす。
ゆっくりと、彼の手が振り上げられ——
首筋に鈍い衝撃が走った。
激痛。
そして、目の前が真っ暗になった。
次に目を覚ました時、震える手を腹に当てた——そこはもう、平坦で空っぽだった。
「あの子……私の子が……また、いなくなっちゃった……」
涙は出なかった。
干からびた瞳には、もう何も残っていない。
ふと視線を向けると、ベッド脇のソファで蓮が丸くなっていた。眉間に皺を寄せ、まるで悪夢にうなされているように唇を震わせ、何かを呟いている。
かつて、私は彼が救世主だと思っていた。この冷酷な家の中で、唯一の温もりだと。
だけど今日、彼はその手で私を気絶させ、三人目の我が子を殺したのだ。
その時、扉の向こうから微かな音が聞こえてきた——車椅子の車輪が、軋みを上げながら板張りの廊下を進む音だ。
全身を引き裂くような痛みに耐えながら布団を跳ね除け、裸足で床に降り立つ。一歩踏み出すたびに下腹部に焼け焦げるような激痛が走ったが、私は奥歯を噛み締め、ずるずると足を引きずりながら扉へと向かった。
廊下の突き当たり、陽菜がまるで彷徨う幽霊のように車椅子に座っている。
彼女の姿を見た瞬間、狂気じみた憎しみが胸の奥から湧き上がった。
こいつだ……こいつがあの礼拝堂に入るたびに、私の子は死ぬ……。今回こそ、絶対に理由を突き止めてやる。
陽菜は礼拝堂の前で止まり、車椅子ごと中へと滑り込んでいった。私は急いで後を追い、扉をそっと少しだけ開けて、身を潜めるように中へ入り込んだ。
礼拝堂の中は蝋燭の火が妖しく揺らめき、むせ返るような香の匂いが漂っている。私は太い石柱の陰に身を隠し、息を殺した。
陽菜は聖母マリア像の前にいた——車椅子に座ったまま、それでも必死に身を乗り出して頭を垂れ、両手を合わせている。
彼女の声は、途切れ途切れに震えていた。
「マリア様……どうかお許しください……私、また赤ん坊を殺してしまいました……これで、三人目です……」
その時、深い闇の中から背の高い人影がヌッと姿を現した——蓮の兄、貴だった。
彼と陽菜の会話を聞いて、私はようやく理解したのだ。夫の家族が、そして私の両親までもが、なぜ私に三人の子を堕胎するよう強要したのか、そのおぞましい真実を。
