第2章
私が言葉を言い終えないうちに、せわしないバイブレーションが連続して鳴り、通話がブツリと切れた。
スマートフォンの画面は、見ているだけで息が詰まりそうになる名前で瞬時に埋め尽くされた。滅多に連絡してこない遠縁の親戚の名前まである。それに続いて、怒涛のメッセージ爆撃が始まった。
私はそのどれにも返信せず、全員をブロックリストに放り込んだ。
翌日の午前中。都心のカフェで制服に着替えた直後、入り口のドアベルが乱暴に鳴り響いた。
麻由奈が由美を引き連れ、その後ろに見知らぬ親戚の集団を従えて店になだれ込んできたのだ。
私の姿を認めるなり、由美はその場に泣き崩れるように膝をついた。
「クルミ、お願い! あのお金を返して!」
彼女はエスプレッソマシンの轟音すらもかき消すほどの声で、泣き叫んだ。
「おばあちゃんが遺してくれた全財産なのよ! 亡くなったばかりで、信託財産の分配も終わっていないのに、どうしてあなたがそれを盗むの!」
静かだった店内は一瞬にして騒然となった。レジに並んでいたサラリーマンや、片隅にいた大学生――その場にいる全員の視線が私に突き刺さる。
「嘘だろ、亡くなったばかりの老人の遺産を盗んだのか?」
「大人しそうな子なのに、あんなことするなんてね」
「あんなのが接客業をしているなんて。店にクレームを入れてやる」
麻由奈が店の中心に立ち、私の鼻先に指を突きつけた。
「この子は十歳の時に交通事故で両親を亡くしてね、私たちが善意で引き取って、お姫様のように大事に育ててやったのよ! それなのにどう? 認知症になったあのおばあちゃんの信託財産を、全部盗み出しやがったの!」
ヒソヒソ話は、やがて公然の非難へと変わった。普段は私に笑顔を向けてくれる常連客たちでさえ、今は嫌悪に満ちた目を向けている。
私はハンディ端末を白くなるほど強く握りしめ、口を開いた。
「私が盗んだって? 証拠はあるの?」
由美はしゃくりあげながら顔を上げた。
「証拠もなしに来るわけないじゃない! 家の防犯カメラにばっちり映ってたわ。あの夜、一人の女が書斎に入り込んで、金庫に入っていた現金とキャッシュカードを盗み出すところがね」
でたらめだ。その時間、私は掛け持ちのアルバイト中だった。
「防犯カメラの映像があるなら、ここで公表すればいい」
私は冷ややかな視線で彼女を射抜いた。
「その泥棒がどんな顔をしているか、皆に見てもらおうよ」
その言葉を聞いた瞬間、由美の体がかすかに震えた。それは明確な恐怖の表れだった。
麻由奈が急に大げさなため息をついた。
「クルミ、私たちが公表しないのは、あなたにせめてもの情けをかけているからよ! ずっと成長を見守ってきたあなたが、こんな恥知らずな真似をしたとはいえ……」
彼女は声を潜めた。
「その映像の中のあなたは……お金を盗むために、真っ裸で部屋に入ってきたのよ。あんな破廉恥な姿が世間に出回ったら、この先どうやって生きていくの?」
あまりにも荒唐無稽な嘘に、私は怒りを通り越して笑いそうになった。彼女たちは明らかに由美をかばっているのだ。
「金を返せ! 全額返せば、この件はなかったことにしてやる!」
見知らぬ親戚の一人が大声を張り上げた。
「映像を見せて」
私は一歩も引かなかった。
「私の名誉のためを思ってくれているなら、なおさら気にしない。流してよ」
「駄目! 流しちゃ駄目!」
由美は悲鳴を上げ、麻由奈の腕にすがりついた。今度こそ、彼女は本気で慌てふためいていた。
「お母さん、この子はまだお嫁にも行ってないのよ! もし皆に見られちゃったら……一生が台無しになっちゃう!」
「そんなこと絶対にさせられない。たとえ私たちのお金を盗んだとしても、私の家族なんだから!」
彼女は周囲の野次馬たちを振り返り、胸が張り裂けんばかりに泣き崩れた。
「お願いですから見ないでください……私たち家族に、少しでも尊厳を残してください」
「なんて心優しい子なんだ」
「本当だな。家の金を盗まれたっていうのに、まだあの子をかばってるなんて」
周囲の空気は、完全に彼女たちの味方になっていた。
美沙希が私の態度に激昂し、カウンターの上にあったシュガーポットを掴み取って床に叩きつけた。ガラスの砕け散る鋭い音が響き、あちこちで悲鳴が上がる。
「まだしらばっくれる気か! さっさと金を吐き出せ!」
彼はレジを乱暴に揺さぶり始めた。
「いい加減にしろ!」
バックヤードから店長が血相を変えて飛び出してきた。床に散乱する惨状を一瞥し、忌々しげな視線を私に向ける。
「クルミ、このイカれた親戚どもを連れて出て行け! お前はクビだ。今すぐここから消えろ!」
私は店長によって店の外へ押し出された。体勢を立て直す間もなく、麻由奈が突進してきて私を強く突き飛ばす。
私はコンクリートの地面に無様に叩きつけられた。
ポケットからスマートフォンを取り出して警察を呼ぼうとしたが、美沙希に蹴り飛ばされ、縁石まで転がってしまった。
「警察を呼ぶ気?」
麻由奈が私の上に馬乗りになり、髪の毛を乱暴に掴み上げた。
「由美をこれ以上苦しめれば気が済むの! お金を盗んだだけじゃ飽き足らず、由美が卓上を誘惑したなんてデマまで流して! あんたの婚約者じゃないの。よくもまあ、そんな厚顔無恥なことが言えたわね!」
野次馬たちが私たちを丸く囲み、スマートフォンのカメラがチカチカとフラッシュを焚いて私を狙っている。
「こいつがその恩知らずか!」
「親が死んだからって、世界中が自分に借りを返すべきだとでも思ってるのかよ」
「気持ち悪い。自分がお姫様だとでも勘違いしてるんじゃないの」
この瞬間、幼い頃のトラウマと現実が重なり合った。十歳の時の交通事故の後も、私はこうして無力に人々を見上げ、『可哀想な子』と囁かれるのを聞いていた。だが今は、『最低な女』と罵られている。
美沙希が再び私を平手打ちしようと手を振り上げたその時、耳をつんざくようなパトカーのサイレンが通りに鳴り響いた。
「お前たち、ここで何をしている!」
銃を構えた二人の警察官が、人混みをかき分けて近づいてきた。
