第10章 したい放題のセックス
それでも御堂斗真は気が済まなかったのか、御堂結奈への食事の支給をすべて止めろと命じた。
丸三日。
医務室に運ばれてくるのは、最低限の生命維持のためのブドウ糖の点滴だけ。固形物どころか、口にできるものは何一つなかった。
飢えはじわじわと四肢へ回り、残りわずかな気力を内側から齧り取っていく。
胃は痙攣するようにきゅっと縮み、目の前がちらつく。指先を少し動かすだけでも、ひどく骨が折れた。
御堂結奈の意識は、覚醒と昏沈の狭間を漂う。息を吸うたび、肺の奥が重い。
三日目の夕方。扉が押し開けられた。
食べ物の匂い。濃厚で、誘うような香りが一気に鼻腔へ入り込み、空っぽの胃袋がぎゅうっと激しく縮んだ。
風見雪音が、上品なワゴンを押して入ってくる。皿には色とりどりの料理が並び、湯気が立ち、見た目だけは完璧だった。
そのすぐ後ろを、御堂斗真が続く。無表情のまま、ベッドの上でやせ細った御堂結奈を冷ややかに見下ろした。
「お姉ちゃん、飢えちゃったよね?」風見雪音はやわらかく笑い、ワゴンをベッド脇へ寄せた。「斗真はね、お姉ちゃんが反省したって思ってるの。だから私に、食べ物を作らせてくれたんだよ。ほら、食べて。お姉ちゃんの好きなものばっかり」
御堂結奈の視線が、料理に落ちる。
辛いものばかりだった。
産後の衰弱と長い栄養失調で、彼女の胃腸はもうぼろぼろだ。少しの刺激でも、刺すような胃痛が走る。それが、こんな一卓の激辛――耐えられるはずがない。
知らないはずがない。
御堂結奈は目を上げ、御堂斗真を見る。
御堂斗真も、まっすぐ彼女を見返していた。
「食え。雪音が苦労して作った。無駄にするな」
ひび割れた唇。締めつけられる喉。
食べれば、地獄みたいな胃痛が待っている。だが、食べなければ――。
「なに? 雪音の料理が気に入らないのか?」御堂斗真が眉を寄せ、声が冷えた。「それとも、自分が悪いって欠片も思ってない?」
風見雪音が、ちょうどいいタイミングで目を潤ませる。
「お姉ちゃん、まだ私のこと責めてるの? 伯母さんのこと、私の段取りが悪かったのは分かってる……でも、ほんとにただ、お姉ちゃんに会わせてあげたかっただけで……」
「食べる」御堂結奈は掠れた声で遮った。
伸ばした手は骨と皮だけで、青い血管が浮き上がっている。震えながら箸を取り、赤い油をたっぷり吸った牛肉を挟み、口へ運んだ。
続けて二口、三口――速く、焦るように詰め込む。次の瞬間には心が折れそうで、撤回してしまいそうで。あるいは、この自虐で何かを示したいのか、反抗したいのか。
御堂斗真はその食べっぷりを見て、眉間の皺を深くした。
御堂結奈は、もう以前の御堂結奈ではない。食べ方一つ、取り繕う余裕すらない。
胃の灼けるような熱が、あっという間に鋭い絞痛へ変わった。
焼けた刃物が、胃の中でぐちゃぐちゃとかき回され、刻まれていくみたいに。
御堂結奈の額に冷汗が噴き出し、顔色が白から不自然な青白さへ落ちる。箸を置き、みぞおちを押さえたまま、呻き声が漏れた。
「今度はなんだ?」御堂斗真の声に苛立ちが混じる。「ちょっと食っただけで芝居か? 結奈、芸が古いんだよ」
「ちが……っ、わた、し……」痛みで言葉が途切れる。汗がこめかみと病衣を濡らした。
風見雪音がすぐに「心配そうに」近づき、支えようと手を伸ばす。その指先が触れそうになった瞬間、御堂結奈は激痛に反射して腕を小さく振った。
ほんのわずかな動きだった。けれど風見雪音は、大きく押し飛ばされたみたいに身をよろめかせ――その拍子に、わざと自分の頬を殴った。
ぱん、と乾いた音が病室に響く。
白い頬に、指の跡がくっきり浮かび上がった。涙が一気に溢れ、風見雪音は怯えたように御堂斗真を見上げる。
「斗真……私、だいじょうぶ……」
「てめえ!」御堂斗真の怒りに火がついた。
風見雪音の頬の赤み。床に落ちそうなほど蜷局を巻く御堂結奈。言い訳も弁明も聞く気はない、暴力的な激情が胸の内で膨れ上がる。
御堂斗真はベッドへ一歩で詰め寄り、容赦なく脚を上げた。痛みで縮こまった腹部へ――
どすっ。
鈍く重い蹴りが、弱った胃と下腹の傷のあたりに叩き込まれる。
「……ぐっ……!」
叫びすら出ない。御堂結奈の身体は砂袋みたいにベッドから転げ落ち、床で小さく痙攣した。口元から、血の混じった酸っぱい液が溢れる。
臓器がずれ、砕けた錯覚。
視界がぶつぶつと暗転し、耳鳴りの向こうに残るのは、自分の荒く割れた呼吸と、御堂斗真の冷たい罵声だけだった。
「身の程知らずが! 雪音が善意で作ってやったのに、感謝もしねえで手を上げるのか! 死にたいなら望みどおりにしてやる!」
「斗真、やめて……お姉ちゃん、すごく痛そう……」風見雪音が泣きながら、弱々しく御堂斗真の腕に縋る。
御堂斗真は怒気を残したまま、床で意識を失いかけている御堂結奈を見下ろし、駆けつけた医師に怒鳴りつけた。
「連れてけ! ここを汚すな!」
御堂結奈は再び搬送され、緊急処置となった。
胃出血。加えて、あの一撃による腹部軟部組織の重度挫傷、内出血の疑い。
手術室に数時間。押し出されるように出てきた彼女は、そのままICUへ入れられた。
二日後、ようやく容体が落ち着き、一般の個室へ移される。
その個室の扉が、そっと開いた。
風見雪音が前川俊輔の腕に絡みつき、親密な様子で入ってくる。
前川俊輔は私服姿で、顔色も良い。御堂斗真に御堂家を追い出されて落ちぶれた気配はなく、むしろ妙に勢いづいていた。
「お姉ちゃん、少し良くなったって聞いたよ。私と前川社長で、お見舞いに来たの」風見雪音が甘く笑う。
御堂結奈は目を開け、掠れた声で言った。
「前川俊輔……あなた、名のある医師でしょう。彼女のために、わざわざ自分の将来を捨てて……それでも価値があるの?」
前川俊輔は一瞬だけ言葉に詰まり、すぐ鼻で笑った。
「将来? 御堂斗真の下でどれだけ働いても、せいぜい高給取りの駒だ。でも雪音についていけば――」
彼は風見雪音を熱っぽく見つめ、手を強く握りしめる。
「俺が欲しいものは、もっと手に入る」
風見雪音が頬を染め、彼の胸に擦り寄った。
御堂結奈の瞳孔がわずかに縮む。胸の奥に、馬鹿げた推測が浮かんだ。
「あなたたち……」
風見雪音は、艶めいたのに毒のある笑みを向ける。
「お姉ちゃん、驚いた?」
驚くのも無理はない。風見雪音の御堂斗真への執着と粘着は、誰の目にも明らかだったのだから。
御堂結奈は、風見雪音の目的は御堂斗真ただ一人だと思っていた。
「……私が御堂斗真に言ったら、どうするの?」御堂結奈は一言ずつ、押し出すように問う。
風見雪音は大げさに肩を揺らし、前川俊輔と目を合わせて笑った。まるで、とびきり面白い冗談でも聞いたみたいに。
次の瞬間、風見雪音がつま先立ちになり、前川俊輔の首に腕を回す。御堂結奈の目の前で、濃厚に唇を重ねた。
前川俊輔もすぐ応え、風見雪音のスカートを捲り上げ、ためらいもなく押し込んだ。ここが病室で、ベッドの上に御堂結奈がいることすら、最初から眼中にない。
淫らで、目を刺す光景。
御堂結奈は目を閉じた。胃の奥がむかむかとせり上がる。
そのとき――
病室の扉が、勢いよく叩き開けられた。
そこに立っていたのは、御堂斗真だった。
