第164章 永橋正彦は来られない

江島結奈は頷いた。けれど胸の奥は、まだざわついたままだ。

案件のせいじゃない。

彼のせいだ。

この男は、商いの嗅覚が異様なほど鋭い。誰もが見向きもしない段階で、あの企画の伸びしろを見抜いてしまう。

なのに――

どうして前の人生で、彼の名をほとんど耳にしなかったのだろう。

坂井家。H市きっての大富豪。その後継者、坂井礼司。そんな人物なら、嫌でも噂が立つはずだ。前の人生で彼女は御堂家の渦に囚われていたから、世間の動きに疎かったとはいえ、坂井家ほどの名家なら何かしら耳に入ってもおかしくない。

それが、何もない。

まるで――この男が、最初から存在しなかったみたいに。

江島結奈は礼司...

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