第90章 迎えに来てくれないか

彼の顔色が、わずかに変わった。

「誰が座っていいと言った」

江島結奈は顔を上げ、静かな目で彼を見返す。手元の本を閉じ、傍らの書架へ戻した。ありふれた文学の名作。さっき、咄嗟に手に取って読書していただけを装うためのものだ。

「父さんが私に跪けと言ったのは、反省させるためでしょう」声量は抑えめ。それでいて、卑屈さはない。「反省はしました」

江島昭二が目を細め、値踏みするように娘を見た。

目の前の少女は、相変わらず大人しく見える。眉も目元も柔らかく、所作も従順。なのに――どこかが違う。

あの目から、いつもあった怯えと、期待するような光が消えている。代わりに宿っているものは……言葉にしづ...

ログインして続きを読む