第5章

配信の記者発表はあっという間に終わった。出演者リストもほぼ出そろい、残るは「シークレットゲスト」ひとりだけがまだ伏せられたまま。

安田歌子はマンションに戻り、数日後の収録に向けて準備を始めた。

ここ最近の出来事を、ひとつずつ丹念に整理する。

前の人生では、沈村遥と陸原吉弘、それに沈村景の三人がこの番組に出演した。三人の甘い掛け合いがウケて、沈村遥の人気は大きく伸びた。陸原吉弘とは「いちばんお似合いのカップル」と呼ばれ、沈村景とは「羨ましすぎる兄妹」と持ち上げられた。

番組のあとも沈村遥は陸原吉弘と「カップル企画」に次々出て、さらに好感度を積み上げていった。

その頃、陸原吉弘の正真正銘の恋人だった安田歌子は――彼の泊まっていたホテルの部屋から出てきたところをパパラッチに撮られ、トレンド入りするほど叩かれた。

浮気相手がのし上がった、恥知らずだ、と。

陸原吉弘は彼女を守るどころか、ひと言も弁解しなかった。むしろ「わがままだ」と責め、沈村遥との関係は事務所の指示で「見せているだけ」だと言った。

安田歌子が嫉妬したせいで、自分と沈村遥の人気を落とすわけにはいかない――そんな理屈を、平然と。

今思えば、前の自分はあまりにもお人好しだった。

あんな馬鹿げた言い分を、信じてしまうなんて。

でも今世は違う。好き勝手させない。自分の手で番組に出て、沈村遥たちの薄っぺらな仮面を引き裂いてやる。

『完璧なバカンス』の収録は、ほどなく始まった。

屋外でのサバイバル系リアリティショー。第1回は、ゲストが農場主の家へ招かれ、半月の農場生活を体験する内容だ。

しかも番組は全編生配信。視聴者はリアルタイムでコメントや弾幕を送れる、参加型の新しい試み――。

大規模な制作に大監督、さらに陸原吉弘と沈村景という人気スターの出演が発表されている。配信開始と同時に、視聴者数はあっという間に100万を超えた。

最初に到着したのは安田歌子だった。きりっとしたアウトドアジャケットに、きゅっと高く結んだポニーテール。清潔感があって、いかにも元気そうだ。

カメラが寄ると同時に、弾幕がざわつく。

【あの『自分で傘をさす』の原曲歌ってる子? 思ったより可愛い!】

【普通じゃない? うちの遥ちゃんのほうが断然美人!】

【監督、安田歌子の映像いらない。遥と景くん映して】

【安田歌子って前に人気俳優の陸原吉弘を誘惑したやつでしょ? 今回も狙ってそう】

【一曲当てただけで一流気取り? 吉弘が相手にするわけない】

【それなそれな】

【推しとかいないけど、安田歌子めちゃ綺麗だと思う】

安田歌子を叩いているのは、だいたい沈村遥と沈村景のファンだった。番組をただ見に来た層は、純粋に安田歌子の顔立ちに目を奪われている。

続いて、ほかのゲストも次々と到着する。

俳優の夏目恭平、歌手の斉藤夢子、そしてオーディション番組で人気1位のままデビューした新人歌手・鈴野晴美。

安田歌子が彼らと談笑していると、五台目の車がゆっくりと入ってきた。

降りてきた陸原吉弘は黒のトレンチコート。すらりとした体格に、冷えたような雰囲気。黒いサングラスが、彫りの深さをさらに際立たせる。彼が姿を見せた瞬間、弾幕は一気に加速した。

【陸原様かっこよすぎ!】

【待ってた! やっと吉弘来た!】

【吉弘のバラエティ初収録だよね? 楽しみ!】

安田歌子は陸原吉弘のほうをちらりと見ただけで、すぐ視線を戻した。別れを告げたあの日以来、彼はSNSのあらゆるアカウントから断続的にDMを送ってきていたが、安田歌子は一度も返していない。

陸原吉弘が来たとたん、ほかの面々はこぞって挨拶に向かった。芸能界での立ち位置を考えれば、関係を作っておいて損はない。

ひとり、安田歌子だけが椅子に座ったまま、コーヒーを口にする。

陸原吉弘は皆と挨拶を交わしつつ、視線だけはどうしても安田歌子のほうへ流れてしまう。

……反応がない。まだ怒ってるのか。

陸原吉弘はまっすぐ彼女のところへ向かった。自分から歩み寄ってやる。そうすれば、機嫌も直るだろう――そんなふうに。

「安田歌子。久しぶりだな」

陸原吉弘はこれまで、安田歌子との関係を一度も公にしていない。食事の写真を撮られたことは何度もあったのに、彼は徹底してノーコメント。結果、安田歌子だけが「人気俳優にまとわりつく女」というイメージを背負わされてきた。

けれど今日、陸原吉弘が自分から声をかけ、知り合いだと認めたことで、視聴者は一斉にざわめく。

【陸原様が安田歌子に自分から? やっぱり関係あるんじゃん】

【え、もしかして本当に彼女?】

そこへ鈴野晴美も寄ってきて、興味津々に二人を見比べる。

「陸原様って、安田歌子さんと知り合いなんですか?」

陸原吉弘はうなずいた。

「仲のいい友人だよ」

ここまで言ったんだ。さすがに、もう拗ねないだろう――という顔。

「友人じゃありません」

安田歌子は冷えたまなざしを上げた。

「仕事で一緒になったことがあって、食事を数回しただけです。ほかに交流はありません」

陸原吉弘の表情が、ぴしりと固まる。目だけで咎めるように見てくる――自分は譲歩したのに、なぜまだふざけるんだ、と。

とはいえ生配信だ。陸原吉弘も露骨には出せない。

だだっ広い農場には風が吹き抜け、しばらく座っているだけで体感温度がどんどん下がっていく。

陸原吉弘は監督側に頼んで毛布を数枚受け取り、ゲストへ配って回った。皆が「さすが陸原様、紳士ですね」と口々に褒め、弾幕でも「偉そうにしない」「気遣いが神」と称賛が飛ぶ。

そして安田歌子の前では、さらに踏み込んだ。

「毛布が足りないみたいだ。これ、着ろ」

そう言いながら、自分のコートを脱いで彼女の肩に掛けようとする。

「いりません」

安田歌子は椅子を横へずらし、距離を取った。

「陸原様、誤解されるようなことはやめてください。私、またネットで叩かれたくないので」

たった一言で、過去の「誘惑した女」という噂を否定し、同時に陸原吉弘との線引きを完了させた。

彼女が自分から離れていくのを見て、陸原吉弘は露骨に機嫌を損ねる。

そのとき、六台目の車が到着した。

降りてきた沈村景は白いスーツ姿。穏やかで柔らかな雰囲気をまとい、車内へ優しく手を差し伸べる。沈村遥を支えるようにして、ゆっくりと降ろした。

沈村遥は絢爛なプリンセスドレス。作り込まれたメイクに、何度も練習したであろう完璧な笑顔――カメラの前に現れた瞬間、弾幕は彼女のファンで埋め尽くされた。

【遥、可愛すぎ!】

【景くんもイケメン! 二人並ぶと絵になる】

【今日の服、兄妹コーデじゃん! 景くんの蝶ネクタイと遥のドレス同じ色! 細かいとこが尊い!】

沈村遥はハイヒールのせいで、牧草地の上では重心が不安定になる。ふらりと細い体が揺れたが、沈村景がすかさず支えた。

「ありがとう、お兄ちゃん」

甘えるような声と、愛らしくぼんやりした表情。それだけで視聴者の心を溶かすには十分だった。

沈村景に支えられながら、沈村遥は皆のほうへ歩いてくる。軽く挨拶を済ませると、まっすぐ安田歌子の前へ。

礼儀正しい笑みを貼りつけたまま、自己紹介をする。

「沈村遥です。お顔、あまり見たことがなくて……最近入った方ですか? お名前、なんて言うんです?」

安田歌子は冷たく目を上げた。

――知名度が低いって、遠回しに馬鹿にしてるつもり?

笑えてくる。沈村遥って本当に頭が悪い。自分から顔を差し出して、叩いてくださいって言ってるようなものじゃない。

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