第1章

冷たい石が、死神の口づけのように私の頬に押し付けられていた。

ゆっくりと目を開けると、頭蓋骨を大槌で殴られたかのようにガンガンと痛んだ。視界はぼやけ、暗闇の中で揺らめく蝋燭の灯りが見えるだけだった。鼻をつくのは、濃密で鉄錆びのような、吐き気を催すほどの血の臭い。そして、鼻腔にまとわりつく黴臭い腐敗臭。

『ここ、一体どこ……?』

身を起こそうとすると、何かが強く手首を引いた。見下ろせば、重々しい鉄の鎖が両手を縛りつけ、その先は石壁に打ち込まれた環に繋がれている。金属が岩肌に擦れ、身の毛もよだつような軋み音を立てた。

「なんなの、これ……」私の囁き声が、閉ざされた空間に虚しく響いた。

なんとか上体を起こした私は、そこで自分が着ているものに気づいた。それは、ぼろぼろになった純白のウェディングドレスだった。かつては最高級のシルクだったはずの生地は、どす黒い血の染みで汚れ、ところどころ裂けて下の白い肌が覗いている。裾は泥と血でごわごわに固まっていた。

『ウェディングドレス? そうだ、私は教会にいたはず……』

記憶の断片が洪水のように蘇ってきた。ステンドグラスから差し込む陽光、オルガンが奏でる結婚行進曲、祭壇で黒のタキシードに身を包んで私を待つ悟の姿。ヴァージンロードを歩む私を見つめる、彼の愛に満ちた瞳……。

「悟……」祈るように彼の名を囁く。「私たちの結婚式……。どうして、私はここに?」

私は夢中で鎖を揺さぶった。ガシャン、ガシャンという金属音が、暗闇にけたたましく響き渡る。

改めて周りを見回すと、そこは古い石造りの酒蔵のようだった。分厚い石壁は苔に覆われ、隅には古いオーク樽が積まれている。壁の鉄製燭台に立てられた数本の蝋燭が、か細い炎を揺らし、この圧迫感のある空間をかろうじて照らしていた。

壁に彫られた紋様に、私の視線が釘付けになる。蛇を掴む鷲、それを囲むオリーブの枝。それは……黒川家の家紋だった。

『そんな、ありえない。黒川家は悟の敵のはず。どうして私が、その縄張りに?』

さらに背筋を凍らせたのは、石壁にびっしりと刻まれた爪痕だった。深いものから浅いものまで、無数の引っかき傷が、誰かがここで長い間監禁されていたことを物語っていた。

「誰かいませんか!」私は声を限りに叫んだ。「助けて! ここはどこなの!」

私の声は酒蔵の中に虚しく響き渡り、返ってくるのは死のような静寂だけだった。

直前に何があったのか必死に思い出そうとするが、幸せな結婚式の光景から先は、記憶がぷっつりと途切れていた。悟の笑顔、神父様の祝福、ゲストの拍手……。それらの記憶は、まるで数分前の出来事のように鮮やかなのに。

なのに、なぜ私はここにいるのだろう? なぜウェディングドレスが血まみれになっている? この傷は一体いつ、どこで……?

自分の体を見下ろすと、腕や脚に身に覚えのない痣や引っかき傷が無数にあることに気づいた。中には治りかけて薄い傷跡になっているものもあり、明らかに今しがたできた傷ではなかった。

『いつ、こんな怪我を? どうして、何も思い出せないの?』

私が絶望に沈みかけた、まさにその時。階段の方から、微かな足音が聞こえてきた。子供のものと思われる、軽くて小さな足音だ。

蝋燭の灯りに照らされ、酒蔵の入り口に小さな人影が現れた。五歳くらいの女の子だ。柔らかなくせっ毛の黒髪に、薄暗がりの中でもきらきらと輝く翠色の瞳。上品な白いワンピースを身につけた姿は、まるで小さな天使のようだった。

私を驚かせたのは、その子が少しも怖がる様子なく私に歩み寄り、小さな顔を心配そうに曇らせていたことだった。

「ママ、やっと目が覚めたのね!」愛らしい声が酒蔵に響いた。「すごく心配したんだから」

思いがけない呼びかけに、私は完全に度肝を抜かれ、目を丸くした。

「ママ……?」私はかろうじて掠れた声を絞り出した。「お嬢ちゃん、人違いよ……私に子供はいないわ」

女の子はこてんと首を傾げ、その輝く翠色の瞳に困惑の色を浮かべた。

「でも、パパの直樹が言ってた。ママは病気で、たくさんのことを忘れちゃったんだって」少女は無邪気に言った。「パパ、上で泣いてるよ。ママに会いたくてたまらないって」

「パパ?直樹? 違う……違うわ。私の夫は、悟……」

少女は一歩近づき、その小さな手をそっと私の頬に触れさせた。その感触はあまりにも温かく、あまりにも馴染み深く、私の心臓を跳ねさせた。

『どうして? どうしてこの子の温もりが、こんなにも不思議なくらい懐かしいの?』

小さな手が私の頬に触れた瞬間、ぼやけた映像が脳裏を駆け巡った。

血……一面の血……。

怒りに満ちた男の咆哮、その声は憤怒と苦痛に満ちていた……。

私の悲鳴、胸が張り裂けそうな叫び声……。

教会の鐘の音と、銃声……。

そして、記憶の中で重なり合う二人の男の顔、一人は悟の、優しく端正な顔立ち。もう一人は……もう一人は、輪郭はぼやけているのに、危険な匂いを放っている……。

「あっ!」私は頭を抱え、ガラスの破片のように脳を切り裂く記憶の断片に苦悶した。

「ママ、大丈夫?」私の反応に怯えたのか、少女の瞳に涙が浮かんだ。

私はぜえぜえと息をつき、なんとか落ち着こうとした。この子の心配そうな表情を見ていると、心の中に奇妙な庇護欲が湧き上がってくる。

「あなた……名前は?」私は弱々しく尋ねた。

「由美子」彼女は涙を拭った。「私の名前は、黒川由美子」

黒川……またその名前。

「ママ、どうして家族だって忘れちゃったの?」由美子は無邪気に尋ねる。「パパが言ってた。由美子が一緒にいれば、きっとママは思い出してくれるって」

『この子……どうして見ていると、こんなにも不思議な既視感を覚えるの? でも、私に子供はいないはず……。悟と結婚したばかりのはずなのに……』

頭の中が混乱していた。私の記憶が語ることと、目の前の現実が示すことが、全く食い違っている。一体どちらが真実なのだろう?

由美子は私の隣にちょこんと座り、その小さな手で私の手を握った。

「ママ、お手々が冷たい」彼女は心配そうに言った。「パパが、ママに食べ物を持っていくようにって」

そう言って、彼女は後ろに置いていた小さな籠からパンと牛乳を取り出し、そっと私に差し出した。

「パパが言ってたよ、ゆっくり食べるんだよって。ママ、ずっとちゃんと食べてなかったから」

『ずっとちゃんと食べてなかった? 私は結婚披露宴でディナーを食べたばかりなのに……』

しかし、胃は確かにぐうっと鳴り、空腹感が津波のように押し寄せてきた。私は機械的にパンを受け取り、かじりつく。食べ物の味は本物で、空腹もまた本物だった。

「由美子……」私はそっと言った。「今日が何月何日か、教えてくれる?」

少女は少し考えてから言った。「今日は九月十五日だよ」

「何年?」

「二〇二四年だよ、もちろん」彼女は当たり前のように答えた。

二〇二四年……私の記憶が正しければ、結婚式は二〇一九年のはずだった。

五年……丸々五年間の空白。

「ママ、すごく混乱してる顔してる」由美子は優しく私の髪を撫でた。「パパが言ってた。ママは少しずつ思い出すって。あまりにも辛いことがあったから、脳が忘れることを選んだんだって」

あまりにも辛いこと? 五年間もの人生を忘れてしまうほど、辛いこととは一体何なのだろう。

私は自分の娘だと名乗るこの小さな天使をじっと見つめた。

『いや、ありえない。私に五歳になる娘がいるなんて』

しかし心の奥底で、ある声が静かに囁いていた。もしかしたら、もしかしたら、この全てが現実なのかもしれない、と。

由美子は立ち上がり、帰る準備を始めた。階段の麓で、彼女は私を振り返った。

「ママ、パパが今夜、会いに来るって言ってたよ」その声は羽のように軽かった。

そう言い残すと、彼女の小さな姿は階段の上へと消え、遠ざかる軽い足音だけが残された。

冷たい酒蔵に一人取り残された私の心に、得体の知れない恐怖が湧き上がってきた。忘れてしまったことを思い出すのと、永遠に思い出せないのと、どちらがより恐ろしいのか、私には分からなかった。

しかし、一つだけ確信していることがあった。今夜、直樹と名乗る男が現れた時、この五年間で一体何が起こったのか、その真実を知ることになるだろう。

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