第2章

 平床の視力が回復した。

 一方、平床家はその事実を、あるべき姿への帰還として当然のことのように受け止めた。

 彼らにとって、かつてのアウトドアスポーツの達人であり、将来の平床グループの後継者でもある平床勝人が、あの『不幸な事故』からついに完全に立ち直ったということなのだ。

「真菜、両親が君に会いたがっている」

 週末の朝、勝人が不意に切り出した。その口調は、まるで天気の話でもするかのように淡々としていた。

「家族での食事会をセッティングしたんだ。一年以上付き合っている彼女に、一度会っておきたいそうだ」

 私は無意識のうちに白杖を握りしめていた。これはこの一年余りで身についた癖だ。必要のない杖に、つい頼ってしまう。

 以前、私たちが付き合っていた頃、平床の家族は私に会おうともしなかったし、かといって交際を反対することもなかった。

 それなのに、平床の目が治った途端、急に会いたいと言い出したのだ。

 ある一つの答えが、脳裏をよぎらずにはいられなかった。

「分かったわ。楽しみにしている」

 私は努めて笑顔を作った。

 平床家の別荘は、東京郊外の高級住宅地にあった。典型的なモダン和風の建築で、シンプルながらも贅を尽くした造りだ。

 勝人は私の手を引いて庭を歩きながら、周囲の様子を小声で説明してくれた。まるで私が、本当に何も見えていないかのように。

「父さん、母さん。こちらが松本真菜だ」

 勝人の声は、いつもより少し改まっていた。

「松本さん、お噂は予々。勝人からよく聞いていますよ」

 平床夫人の声は優しく、それでいてどこか余所行きだった。

 彼女の品定めするような視線が、私のサングラス、白杖、そして地味な服装へと舐めるように動くのを感じる。

 その眼差しには、礼儀正しい疎外感と、隠しきれない値踏みの色が宿っていた。

 食卓の雰囲気は、一見和やかだった。

 平床氏は私の仕事について尋ね、夫人は家柄について探りを入れてきた。私は、ごく普通の家庭の出身であること、そして両親とは幼い頃に死別したことを手短に話した。

「それはお気の毒に……。お一人での生活は、さぞ大変でしょう」

 夫人の声は同情に満ちていたが、その響きは私を居心地悪くさせた。

「いいえ、もう慣れましたので」

 私は微笑んで答えた。

 平穏に見える会話の底で、彼らが腹を探り合っているのが伝わってくる。

 勝人が電話に出るために席を外すと、その場の空気が不意に張り詰めた。

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