第1章
オーク・グローブの町には、いつだって肥やしの匂いが漂っていた。
私と悠真は、農場と赤錆びたフェンスに囲まれたその寂れた町で、共に育った。
父親が癇癪を起こし、革ベルトを振り上げて私に襲いかかってくるたび、悠真は裏窓から忍び込んでは私の代わりに鞭打たれ、こっそりと半分に割ったサンドイッチを私の手に握らせてくれた。
「泣くなよ、葵」彼は泥まみれの手の甲で、私の涙を乱暴に、けれど優しく拭ってくれた。
「いつか絶対、二人でこんな地獄から抜け出そうな」
その後、彼は本当にマサチューセッツ工科大学への合格を果たした。
一方の私はといえば、納屋の壁にスプレーで落書きをするのが好きな、ただの変わり者の少女だった。
しかし、悠真がボストンへ旅立つ一週間前のことだ。彼の父親がカジノで一文無しになるまで負け続け――あろうことか、悠真の大学の学費を根こそぎ盗み出し、一夜にしてネバダへと高飛びしてしまったのだ。
悠真は、合格通知書を引き出しの奥深くに鍵をかけて封印した。
結局、彼がボストンへ行くことはなかった。代わりにこの錆びれた町に残り、溶接工として働き始めた。病床に伏せる母親と、父親が残した山のような借金を、その若い背中にすべて背負い込んで。
それだけではない。彼はなんと、私の学費と生活費までも工面してくれたのだ。
「大学に行け、葵。お前の才能を、こんな田舎の納屋の壁なんかで腐らせちゃ駄目だ」バスの停留所で、彼は私を力強く抱き寄せると、分厚い札束を私の手に押し付けた。
「俺のことは心配するな。全部、俺がなんとかするから」
私がようやく故郷の地を踏んだのは、大学二年生のときだった。コンクールで賞を取った絵を手に、彼を驚かせてやろうと意気揚々と帰省したのだ。
だが、そこで私が目にしたのは、路上に座り込む一人のホームレスの姿だった。雪の積もった冷たい階段に身を丸め、目の前にはボロボロになった紙コップが置かれている。――悠真だった。
彼を見下ろすように立ち、母親が狂ったように金切り声を上げていた。そして次の瞬間、思い切り彼の頬を平手打ちした。
「この役立たずの盲目が!何の価値もないくせに!」母親はヒステリックに叫び散らした。
「父親には捨てられ、お前はただの乞食同然の厄介者じゃないか!そのうえ、どこの馬の骨ともしれない寄生虫女の学費まで貢いでるなんて、本当にどうしようもない馬鹿だよ!」
十歩ほど離れた場所で立ち尽くす私の、全身の血液が氷のように冷え切っていくのを感じた。その『寄生虫女』とは、間違いなく私のことだった。
そこで初めて、私は残酷な真実を知った。彼は溶接中の事故で網膜を焼かれていたのだ。彼が働いていた小さな町工場は労災保険にも加入しておらず、光を失った悠真をあっさりとゴミのように切り捨てたらしい。
膝から力が抜け、冷たい雪の上に崩れ落ちそうになったその時――別の少女が足早に彼のもとへ駆け寄っていくのが見えた。
彼女は悠真の傍らに優しくしゃがみ込むと、ウェットティッシュで彼の顔についた泥や霜焼けの跡を丁寧に拭い、ちぎったパンをその口元へと運んだ。
だが、悠真は手探りで彼女の腕を掴み、パンを押し返した。そして、懐から古びた封筒を差し出したのだ。
「里奈……これを、葵に送ってやってくれないか。今月の、あいつの画材代なんだ……」
「あいつには才能がある。俺みたいに……こんな赤錆びた町で、人生を終わらせちゃ駄目なんだ」
心臓が、千切り裂かれるかのように痛んだ。
かつてはあんなにも生命力に溢れ、いつか必ずこの町から連れ出してみせると誓ってくれた少年の姿を見つめた。今の彼は、まるで捨て犬のように雪の中で丸まり、ヒステリックな母親に殴打され、別の少女の哀れみを受けている。
血の味が滲むほど強く唇を噛みしめたというのに、それでも私には、彼のもとへ歩み寄り、その名前を呼ぶ勇気を持てなかった。
そして――私はついに、耐え難いほどに鮮明な真実を悟ってしまったのだ。
彼をこの底なしの地獄へと引きずり込み、泥水の中へと踏み躙ったのは、決して残酷な運命などではない。
他でもない、この私だったのだと。
