第2章

 私が床にへたり込んでいられたのは、わずか三秒だった。

 理性が氷水のように頭から浴びせられ、恐怖を一瞬で鎮火させた。

 あの犯人は、まだ隣にいる。

 彼は私の顔を見た。

 私が隣に住んでいることも知っている。

 彼は必ず確認しに来るはずだ。私が本当に目が見えないのか、本当に何も気づいていないのか。いや、盲目であろうとなかろうと、彼は私を殺しに来るに違いない!

 私は弾かれたように起き上がり、靴を脱ぎ捨て、裸足でフローリングを踏みしめた。

 ヤモリのように壁に張り付き、音もなく移動して、203号室と接している壁に耳を押し当てる。

 この古いアパートの防音性は最悪だ。

 一秒、二秒。

 聞こえた。

 ズズッ——ズズッ——。

 歯が浮くような、何かを引きずる音。

 重たい米袋を粗末な床で引きずっているような音だ。

 いや、米袋ではない。あれは死体だ。

 あの男は今、玉井さんの死体を処理している。

 音はゆっくりと移動している。リビングの位置から、少しずつベランダの方へ。

 心臓が縮み上がった。

 ベランダ。

 この古いアパートの設計には致命的な欠陥がある。二階のベランダは長屋のように繋がっており、仕切りの鉄柵があるとはいえ、成人男性なら少し力を入れれば簡単に乗り越えて、203号室から私の202号室へ侵入できるのだ。

 何をするつもりだ?

 引きずる音が止まった。続いて、極めて小さな「カチッ」という音。

 サッシのクレセント錠が開く音だ。

 逃げるつもりか? それとも……。

 いや、逃げるなら玄関から出るのが一番早い。

 ベランダに出る理由は二つしかない。一つは死体の遺棄、もう一つは……目撃者の排除。

 脳がフル回転する。

 彼は私を疑っている。いや、たとえ一万分の一の疑いでも、あのような凶悪犯は決して不安要素を残さない。

 疑わしきは罰せよ、だ。

 警察が到着するまでには時間がかかる。まずは彼を安心させなければならない。私が本当に何の脅威もない、ただの能天気な盲目の女だと思い込ませるのだ。

 私は深呼吸をし、ラジオのスイッチを入れた。流れてきた曲に合わせて鼻歌を歌い、朝の残りのご飯を電子レンジに放り込む。

 レンジが唸りを上げ、洗濯物を洗濯機に詰め込む音を立てる。

 続けてスマホを手に取り、意地悪な店長に電話をかけた。

「もしもし? 誰だ? こんな夜更けに……」

 電話の向こうから、店長の不機嫌な怒鳴り声が聞こえる。

 私はわざと声を張り上げた。

「こんな時間にすみません! でも、先月の給料は一体いつ入るんですか?」

「お前、頭おかしいのか? 今何時だと思ってるんだ」

「遅いのはわかってます! でも、大家さんが今日も家賃の催促に来たんです! これ以上遅れたら追い出すって! 私もう一ヶ月近くお肉食べてないんですよ。さっきスーパーに行ったのも見切り品のみかんを買うためで、これ以上待たされたら困ります!」

 演技だ。

 本当に何も知らない人間だけが、この生死の境目で、生活の些事に頭を悩ませることができる。

 電話の向こうで店長が罵声を浴びせている間も、私は一方的に窮状を訴えながら、全神経をベランダの気配に集中させていた。

 微かな金属の軋みが、鼓膜を刺した。

 ギィ——。

 鉄柵が重量に耐えかねて上げる悲鳴だ。

 音はベランダから。

 頭皮が粟立つ。

 本当に、来た!

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