第130章

たった数文字が、稲妻みたいに吉崎直子の耳元で炸裂した。

その瞬間、身体が硬直して、足が床に縫い付けられたように動かない。

男はそれだけ告げると、もう振り返りもしなかった。

ふっと身を揺らしたかと思うと、夜の闇へ溶けるように消える。

直子が我に返り、反射的に露台へ駆け出した時には――そこは、からっぽだった。

人の気配どころか、風の匂いすら残っていない。

手の中に資料がなければ、今の出来事は全部、幻だったと信じてしまったかもしれない。

その時、寝室のドアが押し開けられた。羽島浩介がひょいと顔を覗かせる。

腰にはやけに可愛いエプロン。頬から顎にかけて白い粉がべったりで、どこか間の抜...

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