第116章 ドブネズミ

 松岡七海の顔を、ひと筋の陰りが横切った。

 時間がすべてを薄めていくことは知っている。あの頃の北条寒生が、彼女を心から愛していたわけではないことも。せいぜい「好き」だった、それだけだ。――それでも女は、相手の心で一番でありたい。いちばん忘れられない存在でありたい。

 なのに今、彼女は受け入れなければならなかった。自分の席を、別の女が奪っていく現実を。

 松岡七海は、長いあいだ井戸の底の闇に閉じ込められ、かすかな光だけを頼りに生き延びてきた人間みたいだった。その唯一の光さえ、誰かに奪われようとしている。

 人生が――根こそぎ、意味を失っていく。

「その顔。悲しいのか?」

 北条世...

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