第88章 動き出した

松岡七海は胸の奥がひやりとして、反射的に否定した。

「……そんなこと、ないわ」

この男は、昔からやたらと勘が鋭い。ほんの一秒ぼんやりしただけで見抜かれてしまう。彼と一緒にいると、七海はいつも気が休まらなかった。些細な言葉尻ひとつ、視線の揺れひとつにまで神経を尖らせる。慎重に、慎重に。――疲れるだけの毎日。

こんな暮らし、最初に思い描いていたものじゃない。

愛はなくても、せめて自分を大事にしてくれる人だと思った。けれど現実は……。思い出すたび、胸が締めつけられる。今さら後悔したところで、もう引き返せないのに。

「前は、あいつにもこうやって尽くしてたのか?」

松岡七海は引きつった笑み...

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