第1章

高橋愛実視点

病院の消毒液の匂いに、吐き気がこみ上げてきた。

私は兄の高橋律の病院のベッドの傍らに座り、レンガのように分厚い医療費の請求書の束を睨みつけていた。一枚一枚に記された数字――1,860万円――が、私たちを嘲笑っているかのようだ。

「愛実、そんな紙切れを睨んでても仕方ないだろ」律は体勢を変えようとしたが、右足のギプスがそれを許さず、なすすべもなく仰向けのままだった。「どうにかなるさ」

『どうにかなる?』私は心の中で苦々しく呟いた。『何で? 来月の家賃さえ、払えるかどうかわからないのに』

「事故はあなたのせいじゃない」私は信じてもいない言葉を口にした。本当は、もし律が昨夜あんなに飲んでいなければ、もし運転すると言い張らなければ……。だが、今更それを蒸し返して何になるというのだろう。

病室のドアが勢いよく開き、高そうなスーツを着た男が入ってきた。

「高橋律さん?」その声は低く、有無を言わせぬ権威を帯びていた。

律の顔が、ギプスよりも白く、一瞬で青ざめた。

『この人だ』心臓が胃の底まで沈むような感覚がした。この男が、律が金の工面に困っていた時に「気前よく」貸してくれたという債権者。冷酷非道だと言っていた理由が、今ならわかる。

「1,860万円」男は息が詰まるような数字を直接口にした。「いつになったらご返済いただけるんですかね?」

「お……時間をください……」律の声は震えていた。

男の視線が私に移り、まるでバーコードリーダーのように、頭のてっぺんからつま先までをなめ回すように見た。「こちらは?」

「妹の、愛実です」律はごくりと唾を飲み込んだ。「彼女は関係ない……」

「関係ない、と?」男は片眉を上げ、温かみの欠片もない笑みを口元に浮かべた。「では、山本家おばあさんの世話は、一体どなたがなさるおつもりで?」

『何?』頭に血が上るのを感じた。「待ってください、どういうことですか?」

男はまるでリハーサルでもしたかのように優雅な動きで、スーツの内ポケットから一枚の書類を取り出した。「介護契約書です。お兄さんは賢明にも金が返せないと悟られたようでしてね。我々は、その……代替案に合意したわけです」

私はその書類をひったくり、素早く目を通した。そこに並ぶ一つ一つの言葉が、針のように目を突き刺す。在宅介護、アルツハイマー患者、六ヶ月契約、契約違反時は借金全額即時回収……。

「兄さん!」私は病院のベッドに横たわる兄に向き直った。「正気なの!?」

「愛実、説明させてくれ……」律が身を起こそうとしたが、男の冷たい声がそれを遮った。

「契約は署名済みです。1,860万円の現金がなければ、この……看護学生さんが、兄の借金を肩代わりすることになります」

『看護学生』。その言葉を口にする時の彼の声に含まれた侮蔑は、まるで私をおむつ交換くらいしかできない半人前のインターンだとでも言いたげだった。

「高齢患者の介護ならできます」自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。「経験も忍耐力もあります」

彼は頷いたが、その笑みはさらに危険な色を帯びた。「結構」

彼は立ち去ろうとしたが、ドアの前で立ち止まった。

「ああ、それと律くん」彼は病院のベッドにいる兄を振り返り、ひときわ威嚇的な口調で言った。「妹さんによく言い聞かせておきたまえ。山本翔は容赦のない男です。もし彼の家でよからぬことを企んだら、本当の絶望というものがどんなものか、二人揃って思い知ることになるでしょう」

彼が去った後、病室の空気は凍りついたかのようだった。

「愛実、行っちゃだめだ」律が私の手を掴んだ。その手のひらは汗でぬるりとしていた。「あの山本翔って男は普通じゃない。あいつは……危険なんだ」

「危険?」私は冷静を保とうと努めた。「1,860万円の借金よりも?」

「お前にはわからないんだ」律の目に恐怖がよぎった。「あいつの噂を聞いたことがある。従業員とか……自分に借りがあると思った人間に対する扱いが……残酷なんだ。愛実、気をつけろ。自分の身は自分で守れ。もし何かあったら、すぐに逃げるんだ。お前が傷つくくらいなら、俺たちは破産したほうがマシだ」

三時間後、私は山本家の正面玄関の前に立っていた。

その家は、不動産雑誌から切り抜いてきたかのように馬鹿みたいに大きかった。

『これが債権者の暮らし……』私は深呼吸を一つして、ドアベルを押した。

ドアを開けたのは、ぱりっとしたシャツとベストを身につけた、六十歳くらいの男性だった。古い西洋の映画に出てくる執事のようだ。

「高橋愛実様でいらっしゃいますね」温かく、丁寧な声だった。「わたくしは坂口諒と申します。山本家で家事手伝いをしております。どうぞ、お入りください」

坂口さんに続いてリビングに入り、私はそのあまりの豪華さに息を呑んだ。イタリア製の革ソファ、クリスタルのシャンデリア、そして壁には値がつけられないような油絵が飾られている。ソファには数人の若者たちがウイスキーグラスを片手に談笑していた。

そのうちの一人、金髪の男性が私に気づいた。

『あの人に違いない』私は緊張しながら身なりを整え、彼の方へ歩み寄った。

「山本様……でしょうか?」できるだけプロフェッショナルで、敬意のこもった声になるよう努めて尋ねる。「おばあ様のお世話をさせていただくために参りました、高橋愛実と申します」

金髪の男性は困惑したような顔で言った。「人違いじゃ……」

「申し訳ありません!」私はすぐに謝罪して頭を下げた。「突然のことでご迷惑かとは存じますが、おばあ様のことは誠心誠意お世話させていただきます。看護の経験もありますし、忍耐力には自信がありますので……」

「君」背後から、聞き覚えのある冷たい声がした。「自分の債権者の顔もわからねえのか? バカか?」

ぎこちなく振り返ると、本物の山本翔が階段の上に立っていた。その垂れ目は嘲笑の色を浮かべている。彼はゆっくりと階段を下りてくる。その一歩一歩が、ハンマーのように私の心臓を打ち付けた。

「智哉、見たか?」翔は金髪の男性に言った。「こいつがさっき話してた看護学生だ。こいつをどういたぶってやるか、見てろよ。借金を踏み倒すとどうなるか、教えてやる」

顔に血が上った。病室での屈辱だけでも十分だったのに、今度は彼の友人たちの前で見せ物にされている。

翔は私に歩み寄ると、いきなり手首を掴み、その腕の中へと引き寄せた。彼の体は温かかったが、その親密さが、かえって私を屈辱的な気持ちにさせた。

「この顔を覚えておけ」まるで戦利品でも見せびらかすように、彼は友人たちに言った。「こいつは俺に1,860万円を借りてる男の妹だ。今日から、こいつはうちの……ペットだ」

『ペット』。その言葉は、鞭のように私の頬を打ちつけた。

「山本様」声が震えないよう、必死に自分を抑えて言った。「私は仕事をしに来たのであって、誰かを楽しませるためではありません。おばあ様のお部屋はどちらでしょうか」

翔の友人たちが、くすくすと忍び笑いを漏らした。

「何を急いでる?」翔は私の手首を離したが、すぐそばに立ったまま言った。「新しい……従業員の品定めをさせろよ。後ろを向け」

『本気で言ってるの?』私は彼を睨みつけた。「私はダンサーではありません」

「ああ、そうだな」翔の笑みが、さらに危険なものになった。「お前はダンサーじゃない。借金を返すためにここにいる、借金持ちの妹だ。だから、大人しく従うことを覚えるんだな」

リビングの空気が張り詰めた。好奇心、同情、そして大部分は気まずさが入り混じった、その場にいる全員の視線が私に突き刺さる。

「翔……」智哉が何かを言いかけたが、翔は一瞥でそれを制した。

「なんだ、智哉」翔の声には挑むような響きがあった。「こいつが可哀想になったか?」

この金持ちの坊ちゃんたちの顔を見て、私は自分が彼らにとってただの冗談であり、生きている見世物でしかないのだと悟った。だが、逃げることはできなかった。

「もう見物は十分でしたら」私は最後の尊厳を保とうとして言った。「おばあ様にお会いさせていただけますか。そろそろ仕事を始めたいので」

翔はしばらく私をじっと見つめていた。その垂れ目には、読み取れない感情がよぎっている。やがて、彼は頷いた。

「坂口さん、こいつを上に連れていけ」

次のチャプター