第332章

再び古村陽平に「鏡ちゃん」と呼ばれた瞬間、江崎鏡の胸の奥で、むずむずと蠢く声が立ち上がった。妙な感覚だった。まるで誰かに、見えないところから背中を押されているみたいで。

鏡はゆっくりと動きを止め、同じくらいゆっくり振り返る。そして目を上げ、漆黒の深い瞳と真正面からぶつかった。

江崎鏡は息をのむ。

こんな古村陽平、見たことがない。

眉も目元も、甘い情を湛えているわけじゃない。けれど、異様なほど痛々しい。助けを求めているようで、祈っているようで。

――頼んでいるのだ。もう、俺から逃げるなと。

そう理解しようとした、そのときにはもう、静かで、どこか生ぬるい空気の中で、ふたりの距離はじわ...

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