第114章

蒼井家の人間は、署名済みの協議書を携えたまま、潮が引くように引き上げていった。

病室に残ったのは、蒼井沢言と新谷音羽――そして、息をするのも憚られるほどの静寂だけ。

沢言は相変わらず出入口に立っていた。風霜に削られた石像みたいに、みっともないほど傷だらけで、それでも頑固に動こうとしない。

離婚協議書は、判決文のようだった。

二人の間に、越えられない溝を刻みつける一枚。

彼はもう彼女の夫ではない。

彼女ももう彼の妻ではない。

音羽は再び目を閉じた。呼吸すら、かすかになる。

沢言の視線がわかる。重さのある何かが、ずしりと彼女の上にのしかかって、息が詰まる。

どれほど経ったのか。...

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