第64章

予想していた痛みは来なかった。新谷音羽は体幹で踏ん張り、どうにか姿勢を立て直す。だが、あの一瞬のよろめきがもたらした心臓のひやりとした跳ね上がりで、血が一気に頭まで駆け上がった。

次いで込み上げたのは、噴き上がるような怒りだ。浅田美晴という女――あの狂った女は、危うく彼女の子どもを傷つけるところだった。

浅田美晴は音羽が転ばなかったのを見ると、周囲に集まり始めた視線を察して、すぐさま役者の顔に切り替えた。今にも泣き出しそうに目尻を濡らし、声まで震わせる。

「新谷さん……今のあなたが蒼井夫人なのはわかってます。私なんか、逆らえるはずない。でも……だからって、人前で殴るなんて……。お願いで...

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