第3章
松野里奈視点
私は涼真からのメッセージを五分間、じっと見つめていた。「私たちのことは覚えていない。でも、思い出したい。夕食に誘ってもいいかな?」
指がキーボードの上を彷徨う。すぐにでも「いいよ」と答えたかった。でも、企業買収のようだった彼の三ヶ月にわたる「プロポーズ」を思い出し、思いとどまった。
「退院した時にもまだその気があるなら、いいわよ」
送信。よし。私は携帯を伏せて置き、カップケーキの作業に戻った。
「その気でいるよ」
「本気だ」
「ありがとう」
私は馬鹿みたいに携帯に微笑みかけていた。しっかりしなさい、里奈。
次の日、私は私たちの家に戻った。
寝室の戸口に一分ほど立ち、すべてを眺めた。私たちのベッド、私が選んだランプが置かれたベッドサイドテーブル。スペースの半分が私のものだったクローゼット。
ガレージから段ボール箱を持ってきて、荷造りを始めた。服、洗面用具、お気に入りの本、両親の額入り写真。
でも、いくつかのものは残していった。基本的な契約妻としての必需品。クローゼットには一週間分の中立的な服装。お風呂場にはありふれた洗面用具。
ケーキ屋の上にある私のアパートにすべてを運び込むのに、三往復もかかった。終わる頃には、家は私がほとんど住んでいなかったかのように見えた。完璧!
それからの一週間、私は一日おきに彼を見舞った。焼き菓子を持って。滞在は最大十五分。こなさなければならない雑用のように扱った。
「そんなに頻繁に来なくてもいいんだよ」三度目の見舞いの時、涼真が言った。頭の包帯はもう小さくなっている。顔色も良くなっていた。
「平気よ」私はチョコレートクロワッサンの箱を置いた。「私たちはまだ夫婦なんだから。私が顔を見せなかったら、みんな気づくでしょ」
「ああ。世間体のため、か」彼は箱を見つめた。「これ、私の好物だ」
「知ってるわ」
彼ははっと顔を上げた。「どうして?」
二度目のデートであなたが教えてくれたから。二年間、毎週日曜日にあなたのために作ってきたから。
「勘が当たっただけよ」
見舞いは毎回が拷問だった。彼は私を、あの熱烈な視線で見るのだ。
そして私は、それに気づかないふりをしなければならなかった。
四度目の見舞いには、直樹がいた。彼は私たちのしていることを面白がっているような顔で私を見た。
「朗報だよ」と直樹が言った。「明日、退院許可が出た。ただ、仕事は一ヶ月丸々休みだ」
涼真は眉をひそめた。「一ヶ月? 取締役会は――」
「俺がなんとかする」直樹さんは明らかに楽しんでいた。「兄さんはただ休んで、回復に専念しろ」
涼真はまっすぐ私を見た。「そして、俺の妻を取り戻す努力も、かな?」
私はコーヒーを落としそうになった。直樹の咳払いは、どう聞いても笑いを堪えているようにしか聞こえない。
「彼女が許してくれれば、だけど」涼真は静かに付け加えた。
いつそんなことを覚えたの? あの、弱々しくて、脆い感じの……。
「さあ、どうかしら」私はそそくさとその場を離れた。
次の日の午後、店のベルが鳴った。
ミキサーから顔を上げると、彼がいた。涼真。今回はスーツじゃない。ダークジーンズに、彼の瞳をより濃く見せる黒いセーター。こめかみに小さな絆創膏があるだけだ。
「やあ」と彼は言った。
「退院したのね」我ながら見事な口ぶりだわ、里奈。
「今朝、退院したんだ」彼は店の中を見渡した。クリーム色の壁と、ヴィンテージの植物画が飾られた、私の小さな世界を。「この店、すごく素敵だね」
「ありがとう」私は手に付いたバタークリームを拭った。「何になさいますか?」
「どれも信じられないくらい美味しそうだ」彼はまるで美術品を吟味するように、ショーケースへ移動した。「おすすめは?」
「ティラミスが人気よ」
「じゃあ、それをもらおう。あと、ブラックコーヒーも」
私はそれを皿に盛り、コーヒーを淹れた。涼真はすべてを窓際のテーブルに運び、腰を下ろした。そして、ただ私を見ている。待っている。
私はカウンターを拭いた。もう綺麗なのに。彼はまだ見ている。
とうとう私は諦めて、彼の方へ歩いていった。「気分は大丈夫?」
「ずっと良くなったよ」彼は一口食べ、目を見開いた。「信じられない、これ、すごく美味い」
「どうも」
「コーヒーの風味が完璧だ。強すぎない」もう一口。「これなら毎日でも食べられる」
かつてはそうだったじゃない。
「気に入ってくれてよかったわ」と私は言った。
彼は数分で全部平らげてしまった。そしてただそこに座って、私をじっと見つめている。
「涼真さん――」
「ここに、通い続けてもいいかな?」その質問は慎重に、ほとんど内気な響きで発せられた。
「ここはみんなのケーキ屋よ」と私は言った。「好きな時に来ればいいわ」
「いや、そうじゃなくて……」彼は自分自身に苛立っているようだった。「君のことを知りたいんだ。たとえこの関係が終わる頃にはただの友達になっていたとしても。たとえ何も変わらなかったとしても。ただ、試してみたいんだ」
すべての本能が「ダメ」と叫んでいた。「賢くいるのよ」と。
でも彼は、私の店で、あんなふうに私を見つめながら座っている。私の人生に関わる許可を求めている。
「いいわよ」と、自分の口から言葉がこぼれるのを聞いた。
彼の表情ががらりと変わった。ぱっと明るくなる。「本当に?」
「でも、私には仕事があるから」
「ああ。うん。もちろん」彼は飛び上がるように立ち上がり、財布に手を伸ばした。
「サービスだよ」
「里奈さん――」
「快気祝い」
彼は微笑んだ。本物で、無防備な笑顔。「ありがとう」
彼が去っていくのを見送った。ドアが閉まった瞬間、私は長い息を吐き出した。
何をしてるの? 彼にもっと苦労させるはずだったのに。
でも、私がいいわよと言った時のあの笑顔。ああ、もう。私は完全にやられていた。
それから彼は毎日来た。時には二度も。
最初は何か小さなものを注文し、窓際に座って、気まずい世間話をした。私は短く答え、距離を保った。
それがだんだん難しくなってきた。
なぜなら、涼真はただ顔を出すだけではなかったから。彼は注意を払っていた。
彼は私の常連客の名前を覚えた。私が車から備品を運ぶのに助けが必要な時には、「たまたま通りかかった」と言って現れた。
そして、彼の私を見る目。まるで私が彼の全世界で最も興味深いものであるかのように。
私の防御は崩れつつあった。
金曜日の夕方、ゴールデンアワー。店には誰もいない。私がテーブルを拭いていると、涼真が戸口に現れた。
「もう閉店よ」と私は言った。
「知ってる」彼はそれでも中に入ってきた。「言わなきゃいけないことがあるんだ。いつも勇気が出なくて」
心臓がどきどきし始めた。「何?」
「契約がもうすぐ終わることは分かってる」言葉が堰を切ったように溢れ出す。「離れて過ごすべきだってことも。結末を楽にするために」
私は手に持った布を握りしめた。
「でも、できないんだ」彼の声が低くなった。「里奈、私は君と別れたくない」
「何だって?」
「正気じゃないって分かってる。私たちは契約関係だ。これを始めたことさえ覚えていない。でも……」彼は息を吸った。「病院であの日、君を見た時、心臓が止まったんだ。それからまた動き出した。違う風に。こんな気持ちは初めてだ」
「涼真、それは事故の混乱のせいよ――」
「違う」彼は一歩近づいた。「これは、私が今まで感じた中で一番はっきりしたことなんだ」
息ができなかった。彼が近すぎる。あんな目で見つめられて。
「記憶が戻る前に」と彼は優しく言った。「私が以前の誰かに戻ってしまう前に、試させてくれないか? 君を口説かせてくれないか? 契約上の夫としてじゃなく。ただ、君に惹かれている一人の男として」
「それは不適切よ」と私はなんとか言った。
「分かってる」
「契約が――」
「お願いだ」彼の声がかすれた。「たとえ何も起こらなくても。たとえ結局別れることになったとしても。ただ試させてほしい。私がどんな人間か、君に見せさせてほしい。君のために、私がどんな人間になりたいのかを」
私は彼を見つめた。なんてこと! こんなふうに、緊張して真剣な彼は、すごく可愛いじゃない。これこそ私が望んでいたことなのに。
私は唇を噛み、考えているふりをした。沈黙を引き伸ばす。彼の顔が曇り始め、私はそこで陥落しそうになった。
「分からないわ……」私はゆっくりと言って、彼がパニックに陥るのを見た。
「お願いだ」彼は今度はもっと必死になって、もう一度言った。「頼む権利がないのは分かってる、でも――」
「いいわよ」と私はささやいた。
「いいの?」
「試してもいいわ。でも、何も約束はしない。これはうまくいかないかもしれない」
「分かってる」でも彼は、まるで私が世界を手渡したかのようににこにこしていた。「それで十分だ。十分すぎるくらい」
「よかった」私はキスするみたいな馬鹿なことをする前に、一歩下がった。「じゃあ、もう帰りなさい。休んでなきゃいけないんでしょ」
「はい、かしこまりました」彼はドアに向かい、立ち止まり、振り返った。「里奈?」
「なに?」
「ありがとう」
彼が去った後、私は鍵をかけてドアに寄りかかった。
携帯が震えた。直樹からだ。
「たった今、あいつから電話があった。『彼女がいいって言った!』って、まるで思春期みたいに叫んでたぞ。もう、マジで泣きそう。最高の一日だ。」
私は笑って返信した。「第一段階、完了」
