第14章 何もない

……奴だ。

青山光は、その男の顔に浮かんだ表情を見て悟った。自分を生かしておく気はないのだと。

彼女もまた、このまま崖から落ちれば間違いなく死ぬだろうと思っていた。

しかし、青山雅紀の車の安全性能は非常に高かったと言わざるを得ない。突き飛ばされて転がり落ちたにもかかわらず、車は爆発しなかったのだ。

飛び出したエアバッグに守られ、無傷とはいかないまでも、軽い擦り傷で済んだ。唯一不運だったのは、携帯電話が壊れてしまったことだ。

彼女は車から這い出し、その場に長居はしなかった。あの男が戻ってくるかもしれない、という懸念があったからだ。

己の方向感覚だけを頼りに方角を定め、最も脱出しやす...

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