第6章 旦那様、彼らが私をいじめた
青山雅紀はそっと目を閉じ、彼女を突き放そうと手を伸ばした。
猫を被ったような気遣いなど、彼には必要なかった。
次の瞬間、青山光がその手を掴んだ。
青山雅紀が愕然とする視線の中、彼女は再び彼の唇にキスをした。ただ、これまでの甘いものとは違い、今回はしょっぱく苦い味が混じっていた。
振り払おうとした手が、固まる。
目を開けると、屈んでいた女が顔を上げ、彼にキスをしながら、しかし涙を流しているのが見えた。彼女は目を見開いてさえいて、その瞳に宿る失望には同情ではなく、痛いほどの心遣いが満ちていた。
青山雅紀は心臓が締め付けられるのを感じ、呼吸が少し重くなった。
しばらくして、彼女はようやく彼を解放した。青山雅紀は何かを隠すかのように、大きく息を吸い込んだ。しかし青山光は依然として屈んだまま、彼を見上げて懇願する。
「あなた、今すごく苦しいのはわかってる」
「でも、もう少しだけ我慢してくれない?」
「きっとすぐに感覚が戻るから」
「あなたは絶対に立ち上がれる」
彼女の瞳に浮かぶ痛みは、彼自身のものよりも深いように見える。なのに、とても誠実で、まるで彼が本当に良くなるかのように語りかけてくる。
青山雅紀は視線を逸らし、やはり彼女を突き放した。
「もういい!」
「行け!」
彼には必要ない。いずれ失うと決まっているものなら、いっそ最初から手に入れたくなどなかった。
「若様、大変です! 階下に大勢の人が。会社の取締役だと名乗って、何やら取締役会を開くとか……」
中島さんが慌ただしくドアをノックした。
青山雅紀は眉をひそめ、唇を引き結ぶと、その眼差しは沈んだ。
ふん、本当に一人残らず待ちきれないというわけか。
考えなくとも、彼らが何をしたいのかはわかっていた。
ただ、もう少し我慢するかと思っていたが、まさか一晩も待てなかったとは。
彼は中島さんを中に入れようと思った。青山光については、こんな夜更けに一人で帰らせるのもよくない。「明日にでも……」
青山雅紀は我に返り、そう口にしようとしたが、青山光がすでに立ち上がって部屋を出ていくのが見えた。
「奥様、これは一体……」
中島さんの驚きの声に、返事はなかった。
青山雅紀は黙って視線を戻した。両手を握りしめ、緩めてはまた握り、握ってはまた緩め、結局ただ一言、「入れ。俺を押して下へ」とだけ言った。
彼らが来た以上、会わずに避けるつもりはない。
それに、青山光か!
彼女は自分に利用価値がないと悟ったのだろう。
それもそうか。権力を剝奪されそうな廃人など、もはや芝居を続ける価値もない。
中島さんの表情も芳しくなかった。先ほどの奥様の顔には怒りが満ちていた。きっと若様のところで辛い思いをされたのだろう。
彼は思わずため息をついたが、何も言えなかった。
青山雅紀の言葉に従い、中に入って車椅子を押して階下へと向かうしかない。彼は会社の状況は知らなかったが、それでも小声で忠告した。「若様、あの人たちは見るからに殺気立っています。良からぬことを企んでいるはずです」
彼は青山家で長年働いてきた。あの取締役の中にも見覚えのある顔がいくつかいる。思えば、若様が怪我をされる前は、あの者たちは若様に会うたびに、一度としてペコペコ頭を下げなかったことはなかった。
もちろん、若様がそう求めたわけではない。彼らが勝手に媚を売っていただけだ。
それが今となっては、一人残らずふんぞり返って、人を食わんばかりの勢いである。
中島さんは憤りと心痛を覚え、この後若様が耐えられるだろうかとさらに心配になった。青山雅紀は特に気にしていない様子だった。彼がただ心配なのは、こんな夜更けに彼女が一人で飛び出していったら、危険ではないかということだった。
そう思うと、彼はすぐに口を開いた。「後で人をやって様子を……」
彼の言葉が終わらないうちに、階下から青山光の怒声が聞こえてきた。
「あなたたち、何してるの? 取締役会をこんな夜更けに開くなんて。まさか、うちのあなたをいじめようとしてるんじゃないでしょうね?」
青山雅紀は呆然とし、車椅子を押していた中島さんも固まった。彼は動きを止め、少し躊躇う。「若様……」
青山雅紀はすでに手を伸ばし、まだ下りるなと彼に合図した。
すぐに階下から取締役たちの不満の声が響いてくる。「おいおい、青山雅紀はどういうつもりだ。自分は顔を出さず、女を代理に立てる気か?」
中島さんは無意識にこっそりと窺うと、案の定、若様の顔色が変わっていた。
階下の嘲笑は止まず、さらに過激になっていく。「ちぇっちぇっ、まあ理解はできるな。今の青山雅紀のザマじゃ、人前に出たくもないだろう。俺たちに合わせる顔なんてあるわけないか」
その一言が、哄笑を誘った。
中島さんは思わず飛び出そうになる。「若様、今すぐ奴らを追い出してきます……」
しかし、青山雅紀がぐっと彼を引き留めた。
中島さんが訝しむ視線を向ける中、青山光の、卑屈になるでもなく尊大になるでもない、冷ややかな笑い声が聞こえてきた。
「笑止千万。あなたたちの顔はどれだけ大きいの? 私のあなたに、わざわざ会いに来させようだなんて」
「この女、まったく話にならん! 今はこちらが取締役会を開こうというんだぞ。彼が出席しないでどうする!」
相手の威圧的な態度にも、青山光は少しも慌てた様子を見せない。「話にならないのは、あなたたちの方じゃないかしら?」
「あなたたちが取締役会を開きたいと言えば、私のあなたが出席しなければならないの? この青山家は一体、彼が決定権を持っているのか、それともあなたたちが持っているのか、どっちなの?」
「小娘が! 青山雅紀と結婚すれば青山家の社長の妻にでもなったつもりか? 脅かすわけじゃないが、お前の前に五人いたことは知ってるだろうな……」
「あらあら、五人ですって? まさか、五人の青山家の奥様とでも言いたいのかしら?」
青山光は突然笑い出した。「あなたたち老いぼれが、私のあなたに汚名を着せようなんて考えないことね」
「言わせてもらえば、その哀れな人たち、どなたかが私のあなたを陥れるために送り込んだんじゃないの? 幸い、私のあなたは賢いから、あなたたちの企みを一目で見抜いて追い払ったけど。さもなければ、今頃命まで奪われていたかもしれないわ」
数人の取締役の顔色が一気に変わった。
彼らは信じられないといった様子で視線を交わすが、どうしても信じられなかった。
ありえない。なぜ彼女が知っている?
まさか本当に彼女の言う通り、青山雅紀はとっくに気づいていたとでもいうのか?
「き、貴様、でたらめを言うな! あの女たちは明らかに青山さんが見つけてきたんだ。我々と何の関係がある!」
「そうだそうだ! 我々はお前と無駄口を叩きたくない。さっさと青山雅紀を出せ!」
青山光は彼らと対決するつもりはなかったが、彼らの反応が想像以上に大きかったことで、かえって自分の推測が裏付けられた。
彼女は彼らに、より一層の嫌悪を込めた視線を向けた。
「青山雅紀を出してどうするの? 彼にどうやってその地位を譲らせるか、算段を聞かせろとでも?」
彼女には確信があった。この数人は絶対に青山聡に買収されている。
こうも立て続けに目的を看破されて、彼らがじっとしていられるはずもなかった。
彼らはついに化けの皮を剥いだ。
「クズが! つけあがりやがって! 青山雅紀と結婚したからって青山家の奥様気取りか! 言っとくがな、青山雅紀がお前なんぞ相手にするわけがない。この門を出たら、ただじゃおかねえぞ!」
「あらまあ、怖い!」
青山光はわざと怯えてみせた。
その取締役が得意になる間もなく、氷のように冷たい問いかけが聞こえてきた。
「彼女が俺の奥さんじゃないなら、あんたがそうなのか?」
青山光の目がぱっと輝いた。次の瞬間、そこにいる全員が声のした方を見た。彼女は数人の取締役を指さし、いかにも不憫そうに言った。
「あなた、この人たちがいじめるの!」

















